スコロドンペペリ博士の偉大なる功績

スコロドンペペリ博士の偉大なる功績

パタタトマス少年の手紙(1)

-未来のことです。それは、近い未来のことです…。
近い未来、君たちの地球も、きっときれいに蘇るよ…。大丈夫だよ、ぼくの星だって、きれいに蘇ったよ…。
ぼくの名はパタタトマス。アルカルという星にすんでいる。ぼくは明日旅立つんだ。君たちの地球へと。
じいちゃんから聞いた話なんだけど、地球は、とっても汚れてしまったんだって? 青い空が、だんだんくすんでいっているんだって? 悲しいことだね…。
大丈夫だよ、ぼくの星だって、きれいに蘇ったよ…。君たちの地球も、きっときれいに蘇るよ…。
近い未来にね…。大丈夫だよ…。

ハゲ頭の幽霊の記録(1)

「私は幽霊である。人間ではない。死んでしまったから、もう人間ではなくなっている…。
これは、私の重要な任務である、地球という青い惑星への旅の記録である。私は今、ただ一人、机に向かっている。そして、ぴんと背を伸ばしている。きっと、何やら難しい顔をしていることだろう。
一昔前なら、私のこの行為を覗いたものはこう言うであろう…。不思議な光景だ。いや、背中に悪寒さえ走る。幽霊が、ただ一人薄暗い部屋の中で独り言を言っている。少々気味が悪い。重く低い声が床に落ち、静けさの部屋が少し揺れている。いったいどうしたことなのだ。あの幽霊は、成仏できないでいるのか…。こんな風に言うだろう。
しかし、今やこの星ではよくある光景だ。幽霊たちは、人間社会に復帰した。いや、復帰したと言うより、新たな存在の場を見つけたのだ。この星は、幽霊たちが自由に動くことが出来る星となっているのだ。幽霊の私にとっては、非常に嬉しいことである。
まあ、それはいいとして…。
私たち幽霊は長い時を越え、今、私たちの前の姿であった仲間たちの人間たちと、新たな旅立ちの時を迎えようとしている。私の心は躍っている。こうして持つマイクも少し震え気味だ…。
この記録は正式な記録である。私たちの星、アルカルの新しい一歩の記録だ…。
我々は、地球という星へ旅立とうとしている。遥かな宇宙の果てに、その星は存在している。その星には、我々と同じ人間たちが暮らしているという。いや、私はすでに幽霊になってしまっている。
我々というのは、正しくないかも知れない。私たち幽霊は、人間たちとは少々異なる存在なのであるからにして、我々と同じという言葉ば、不適切であるかも知れない。まあ、とにかく我々は地球という星に旅立とうとしているのである。
その星は、我々の暮らす星よりも遥かに巨大な星だそうだ。我々の星のように、山があり海がある。東に日が昇り、西に日が沈む。鳥たちがさえずり、木々が風に揺れ花が香る。月や星が天に瞬き、遠くの銀河が光の雫を落とす。我々の星と同じように、美しい星なのだそうだ。いや、美しい星だったのだそうだ…。
その星の存在を暴いたのは、スコロドンペペリ博士という大天才科学者である。いや、科学者かどうだかは分からない。私はそんなことに興味はない。とにかく天才的な頭脳と行動力を持った御仁である。私の心の師である。いや、私のすべての師である。いやいや、私のすべての人である。私の大恩人、大先生である。常人には計り知れない大博士である。
そのスコロドンペペリ博士が地球という星に遭遇したのは、もうずいぶんと昔のことだ。何世紀も昔のことだ。信じられないだろうが、スコロドンペペリ博士は、その何世紀もの年月を生きている。私たちのように幽霊ではなく、立派な人間として生き続けている。驚異だ。博士の博士たるゆえんだ。
その昔、地球は、まだまだ美しかったそうだ。しかし、その美しさを徐々に地球の人間たちは愚かにしていった。人々は争い傷つけ合い、青く美しい星はむしばまれていった。核兵器、放射能、我が星の昔と同じ道を辿っている。そう、博士が言っていた。博士は、何度も地球という星と我々の星とを往復している。そんな博士が言うのだから間違いない。いや、スコロドンペペリ博士の言うことすべて間違いはないのだ。
まず、それにいたるまでの過去のいきさつを語らなければならない。私の目の前にある全自動の録音機に、それを語らなければ、今回の旅の主旨が分からない。スコロドンペペリ博士の思いが正確に伝わらない。私は、その過去から筆を進めることにする。いや、私の控えめな唇を動かすことにする。
その前に…。
私は、こうしてこの記録を残す大役を任せられたのを誇りに思っている。私たち幽霊の中でも、その大役を任せられるのは私しかいなかったのだ。スコロドンペペリ博士は、人を見る目が限りなく優れているのだ。いや、幽霊を見る目が果てしなく優れているのだ。だから、この大役を私に任せられたのだ。嬉しくって仕方ないったりゃありゃしない…。ハハハハ…。
失礼…。
遅くなったが、私の名をここに記す。私はポポン。恥ずかしながら、頭が少々禿げている。遥かなる宇宙の彼方の地球への度の記録係…。それが、私の任務である。それは、頭が禿げていようが関係ないことなのである…。頭がはげていることを、私はほんの少しも恥じたりはしていない。
遥かなる宇宙の彼方、果てしない地球への旅の記録…。私はそれを進めることにする。私にしかできないことである。数多い幽霊の中で、それを全うにこなせるのは、このポポンだけなのである…」

「それは、打ち上げの時だった。人々は、ビール樽のような身体を軍服に包み、溢れるほどに歪んだ醜い笑顔を恥ずかしくもなくテレビのモニターに浮かべる指導者を、照れることすらなしに眺め、拍手すら惜しまなかった。
この星の歴史始まって以来、初の宇宙への旅立ちだった。月に向かうその舟は、すでに秒読みを始めていた。
その様子を、偉大なる男、スコロドンペペリ博士は病院の一室でテレビの向こうに見ていた。
-ばかが…。
その時、博士はそう言ったのだった」

スコロドンペペリ博士の偉大なる功績(1)

ちょうど二百年前のことである…。スコロドンペペリ博士、八十歳の春のことである…。
スコロドンペペリ博士は、この星始まって最初の有人宇宙船の発射の時を、病院のベットの上で迎えていたのである。

「ばかが…」
スコロドンペペリ博士の機嫌は最悪だった。ベットから手の届くすべてのものを放り投げ、側にいた看護婦に当たり散らしている。まだ若い看護婦は、点滴の瓶を片手に泣きそうな顔をしている。
「ばかが! 税金の無駄じゃ!」
博士の腕がしなった。誰かが見舞いに届けたリンゴが、テレビを反れ壁に当たって果汁を散らす。手の届かないテレビのリモコンが、恨めしそうに転がるリンゴの行く手を塞いだ。テレビでは、宇宙船の秒読みが終わろうとしていた。
「5,4,3…」
「博士!」
丸まると肥えた婦長が、病室にどたどたと乱入した。マーガレット婦長様…。側でおろおろする看護婦が、その巨体な婦長に限りなく似つかわしくない名を呼んだ。看護婦の涙目の前を、そのマーガレット婦長が過ぎた。
「2、1…」
「神妙にしなさい、スコロドンペペリ博士!」
ドスの効いた声で一括する。そして、ベットに素早く寄ると、博士の両腕を押さえた。その間も、テレビの中の秒読みは止まりはしなかった。
「ゼロ!」
「この重病人! 静かにしろ!」
婦長が博士に乗った。後ろの看護婦から、点滴をすばやく奪った。
「観念しろ! スコロドンペペリ博士!」
婦長が見栄を切った。若い看護婦が拍手した。涙目がマーガレット様と、潤んでいた。
「くそっ!」
しかし、スコロドンペペリ博士も素早やかった。大きな刺客の白衣に隠れた厚い脇腹に、貫手を入れた。
「この藪看護婦! マーガレットだと、名付けた親を恨め! くたばれ!」
婦長は、くすぐったさに身をよじる。その隙に博士は、ベットを降りた。
「今朝、何を食った? 息が臭いぞ。鼻がよじれそうになったぞ」
博士は大げさに眉間を寄せた。後ろの看護婦のように涙目になっている。本当に臭かったようだ。
「ばか、そんなことどうでもよろしい! 毎日毎日、よくそれだけ暴れられることですね…。へぼ博士!」
マーガレット婦長も、どういう訳か涙目になっていた。点滴の針の先から、中の液体が婦長の目に飛び込んだようだ。この病室には、涙目のものが三人存在することとなってしまった。
その中で、一番激しい涙目の博士が言った。すでにその涙は、博士の頬を滑り始めていた。
「餃子じゃな…」
「ばか!」
婦長のげんこつが、博士の白い頭に降りた。博士は、それを寸前で交わした。その時、若い看護婦が後ろに倒れた。息を止めていたらしい。婦長の胃の中にまだ残留していると思われる物質…。その強烈な臭いに耐えるには、その方法しかなかったのだろう。若い看護婦は、目を白く天井に向けていた。
婦長は、そんなもの全く無視だった。全然それへ振り向きもしない。婦長の狙いはスコロドンペペリ博士ただ一人。その気迫が博士に迫った。
「点滴じゃ! ベッドに寝るのじゃ!」
マーガレット様は大魔人のように変身をされた。その太い御腕で博士を、むんずとお掴みあそばれた。
「言うことを聞くんじゃ! このトリガラ博士! これ以上、わがままは許しません!」
博士はベッドに仰向けになった。それでも、反撃は忘れなかった。
「それなら、早く退院させるこっちゃ! お前らは、いつまでわしを、この汚い病院に閉じ込めておくつもりなのじゃ。あいたたたたー!」
痛む尻を抱えうずくまってしまった。こぼれた涙が床に落ちた。
「そら、言ったことではありませんか…。暴れれば、痛みますよ…。しようのない人ですね…。どれどれ」
そう言って婦長は、博士を抱き上げる。軽々と痩せ細った患者を、ベットに寝かした。
「もっと、丁寧にできんのか」
「出来ません!」
スコロドンペペリ博士は痔だった。長年の不摂生によるものだった。病院怖さにあまりにも我慢をし続け、とんでもない悪性の痔ろうに侵されてしまっていた。そして、それをきっかけにと、病院が身体中のいたるところの検査を、てぐすねひいて待っているのであった。
「まだまだ、検査があるのですよ…」
婦長は博士を裏返し、強引にパジャマを下ろした。博士の鳥殻のようなお尻が、窓から入る西日に照らされた。
「あっ、宇宙船!」
博士が飛び起きる。婦長が、消毒にヒンセットをつかっていたから堪らない。万悪く、その金属の先が博士の尻のキズに刺さった。さすがの婦長も、それを交わす暇はなかったようだ。
「ウワワワワー!」
博士の悲鳴が、病院に響きわたる。テレビの中の宇宙船が、白い煙を吐いたまま打ち上げ台に居すわっているのを、博士の薄れる意識は捕らえた。発射は失敗だったようだ。
「このやろー! ギャャャー! 」
婦長の太股をつねったまま、スコロドンペペリ博士は、ベットから落ち病室の床に気を失った。
「博士…」
マーガレット婦長は、倒れた博士に手をさしのべた。しかし、その手はすぐに止まった。その手より笑いの方が先に出てきそうだった。
「スコロドンペペリ博士…」
婦長は笑いを懸命に堪えた。ピンセットがテレビの宇宙船のように、博士の尻に天井を向いて突き刺さっていたのだ。白い煙はなかったが、それは、間抜けな宇宙船と同じくプルプルと震えていた。
しばらく、婦長はそれを見比べていた。勿論、それは発射などしなかった。

パタタトマス少年の手紙。(2)

-むかしむかし、ぼくの住む小さな小さな星は、大変に汚れてしまっていました。君たちが住む星の
ように…。君たちの星、地球のように(じいちゃんがそう言っていた)。君たちが悲しんでいるよう
に、ぼくたちのご先祖様も悲しんでいました。
ぼくは、そんな君たちにこの手紙を書いています。君たちに、希望の未来があるということを教え
てあげたいのです。近い未来、きっと、君たちの星がきれいになることを知らせて上げたいのです。
ぼくたちの星は、君たちの地球よりずいぶんと小さな星です。星の名はアルカル。君たちの地球か
らは微かに見えたそうだよ。じいちゃんが言ってたよ。七つ並んだ星の二つ目の星にへばりついてい
るように見えるんだって…。そう、じいちゃんが言っていたよ。
ぼくたちの星も、君たちの地球のように争いが耐えなかった。しかし、ぼくたちの星はきれいに
蘇ったんだ。星の人たちが、本当の光を思い出したんだ。愛という、ぼくたちの存在に限りなく瞬い
ている光を見つけたんだ。だから、争いなんてなくなった。星を核兵器なんかで汚すのを止めたんだ。
アルカルは見事に蘇ったんだ。
そんな風になるよ。君たちの地球も、ぼくたちのアルカルのようになるよ。きっと…。じいちゃん
がそう言っていたよ。
ぼくたちの星は、今とっても平和だよ。明るい透き通った太陽の光に、星全体がさんさんと輝いて
いるんだ。君たちの星から夜空を見上げると、それが赤く青く見えてくるかも知れないね。アルカル
は、すべての汚れを洗い流した。空は澄み、水は清く、そして、風は温かく吹く。人々は争いを止め、
慈悲深くなっていったんだ。
君たちの未来も、このように明るいはずなのさ。心配することなんかないよ…。なぜならば、ぼく
たちも君たちのように、人間なんだ。同じ人間なのさ…。じいちゃんがそう言っていた。そう、ぼく
たちと君たちは同じなんだよ…。
ぼくは、地球へと向かうよ。君たちに会いに行くよ。ぼくたちの星の昔のように、激しく傷ついて
いなければいいのに…。
ぼくらの星の宇宙科学の人たちは、その昔、宇宙船を造り、宇宙へ飛びだそうとしたこともあった
んだ。それは、非常に遅い歩みだったけれど、確実に宇宙へ近づいていった。失敗を何度も何度も繰
り返して、ぼくたちの月を越え銀河へ向かっていたんだ。
しかし、銀河まではとても届かなかった。その時代の科学は、光速の壁を越えられなかった。
方法が、少し違っただけなのさ…。心配することなんかないよ。君たちの星、地球の科学者はその
ことに気付くよ。きっと。きっと…。なぜならば、さっきも言ったように、ぼくたちは同じなのさ…。
同じ人間なのさ…。
ぼくは今、君たちの星、地球への旅を楽しみにしている。時間と物質を超越した舟に乗るんだ。君
たちに、その舟を見せられればいいんだけれど…。
明日には旅立つんだ、君たちの地球へ…。会えるのを楽しみにしているよ。
その前に、この手紙を書き上げよう。ぼくたちの星の歴史を、君たちに知らせてあげるんだ。そし
て、この手紙を読んでもらって、ぼくたちの星のように平和になってほしいんだ。ぼくはがんばって、
手紙を書くよ…。
まず、ぼくのじいちゃんのことを書くよ…。スコロドンペペリという変な名のじいちゃん…。本
当は、ぼくのひーひーひーひーひーひーひーひーひーじいちゃん。妖怪のようなじいちゃんなんだ。
じいちゃんのことから書かないよ、じいちゃん怒るんだ。それに、じいちゃんのことを書くと、ぼく
の星アルカルの事がよく分かるから…。
あっ、それとぼくの名前、これ、じいちゃんが付けてくれたんだ。パタタトマス…。ポテトとトマ
トの意味なんだって。少し気取っているけど、ぼく気に入っている。ちなみに、じいちゃんはスコロ
ドンペペリと言うんだ。それは、にんにくと胡椒なんだって…。笑っちゃうよ…。
そんなことはどうでもいいや…。とにかく、じいちゃんのことから書くね…。

ハゲ頭の幽霊の記録(2)

「私の目の前の、全自動の録音機の回る音が部屋の隅々にまで流れている。静けさの中の、その機械
音は私にとって最高に心が躍る。この録音機の中に残る私の肉声は、今後何世紀もアルカル博物館に
永劫に保存されるのだ。ガードマンがいつも何十人交代で厳重に保存されるのだ…。
失礼…。そんなこといい。私一人、悦に入っても仕方ない。先を続ける…。
アルカル…。それは、我々の星だ。小さな星だ。限りなく青く、どこまでも美しい星だ。我々は、
その星を誇りに思っている。悲しい歴史を乗り越えて、アルカルは蘇った。すばらしい我々の故郷な
のである。
小さな小さな星は、悲劇の繰り返しだった。人々は争い傷つけあった。歪んだ欲望が、権力という
魔物に引き込まれ星を汚していった。冷たく乾いたエゴが星を巡り、人々は愛を失っていった。そし
て、自らが築き上げた都市は、黒い幕に覆われ、蝕まれた。人間たちは、それを自らで壊していった。
優しさを失っていった星の歩む先には、破滅という地獄への道しか見えてこなかった。輝く明るい
未来など、ないと思われた。
しかし、我が星は、立ち直っていった。ある人物が、星の進む道を示した。ひとりの老いた科学者
が、この星に明るい未来を投げかけた。そう、その人こそスコロドンペペリ博士である。偉大なる
スコロドンペペリ博士は、我々の星アルカルを救った。愛すべき博士。我々の救世主。スコロドン
ペペリ博士…。すばらしい人格の持ち主だ。
私は、そう思っている。少なくとも、この一人の科学者の偉大なる力がなければ、この星は、遙か
以前に滅んでしまっていたことだろう…。
私は、このスコロドンペペリ博士と共に歩んだ。気の遠くなるほどの時を、博士の側にいた。私
はそのことを、大いなる誇りと思っている。あの愛すべき偉大なる人物の、友のひとりなのだ。
失礼…。私のことはよかった。いや、そうでもない。まあいい、先を続ける。
星は病んでいた。星の歴史の裏には、絶えず争いがあった。人々は、気付かなかった、星が病んで
いることを。星は、長い歴史のなか身をすぼめて耐えていたのだ。繰り返される悲劇に、その病魔は
進み、痛みと苦しさにただ耐えていたのだ。
しかし、我々アルカルの人々は絶頂にあった。星の病も気づかずに、遥かなる宇宙へと向かって
いったのだった…。
アルカルの人間たちは宇宙への夢を抱き続けていた。争いのロケット。宇宙へのシャトル。それら
は次々に開発されていった。宇宙への夢は、いつのまにか権力者の意地と意地がぶつかりあうことと
なってしまっていた。星の病に気づくものはいなかった。
スコロドンペペリ博士だけは、星の病に気が付いていた。そして、人々の絶頂を眉をひそめてみ
ていたのだった。
さらにスコロドンペペリ博士は、この星の宇宙科学の行き詰まりさえをも知っていた。科学の限
界を知っていたのだ。始めての乗人飛行の時、スコロドンペペリ博士は病室のテレビに吠えまくっ
たそうだ。病室の床に倒れ、身体が痙攣するほど憤怒に駆られたそうだ。このことが、歯がゆかって
しかたなかったのだろう…。マーガレットという婦長さんに、涙を見せたそうなのだ。
博士の予言どおり、その数年後にその開発は事実上の終止符を打った。私たちの星は、諦めが早
かった。と、言うより、国家的な争いという悪魔の誘いに、指導者たちは我を忘れ、破壊力だけを
競ったミサイルのスイッチを押す指だけを鍛えた結果、私たちの星は、破滅へとまっさかさまに落ち
ていったのだ。とても、宇宙開発などおぼつかなかったのだ。
小さな星は争った。あらゆる所で大火柱が上がり、キノコ雲がくすんだ空を覆った。人々は、恐怖
と道連れに行き場を失い、我先に権力者の膝元へ逃げ込もうとした。
幾つかの国家が生き残り、幾つかの国家が歴史に沈んでいった。悲しいことだった。
幸か不幸か、私たちは、生き残った方の国家に所属していた。勿論、あの偉大なスコロドンペペ
リ博士も…。
人々は少しは気付いた。悲劇は繰り返すな…。国家的な戦争は、冷たい時期を迎えた。私たちの星
にも、泊簿の平和が芽を出しはじめていた…。
そんな時に、私はスコロドンペペリ博士と出会った。私が幽霊になって八十八年目、米寿の賀の
春のことだった…」

スコロドンペペリ博士の偉大な功績(2)

あの日、宇宙船アロポロ十号の打ち上げが失敗した日より、何カ年かが経った。スコロドンペペ
リ博士は、八十五回目の夏を迎えようとしていた。百九十五年前のことである。その夏は、暑い夏
だった。

スコロドンペペリ博士の病状は、悪化をたどる一方だった。見目麗しきあの尻以外にも、病魔は
博士のか弱い肉体を好き放題に蝕んでいた。そして、それを病院は、よってたかって暴き出し、博士
に恐怖と眠れない長い夜を送りつけていたのだった。
博士は、基本的に病院というところが怖かった。白い壁の小さな染みが、自分のように思えて足が
すくむ。白衣の天使が悪魔に見え、その白衣の襟から黒いチューブをぶら下げ難しい顔をした医師を、
悪魔の親分と思っていた。とても、友人にしようとなど思ってはいなかった。いや、そばに近づけた
いと思っていなかった。
注射は逃げる手だ。点滴は看護婦が消えてから、昨日の夕飯と一緒にトイレに流す。担当医には、
わめき散らして体を触らせない。看護婦には尻を触り、臭い息を吹きかける。こうすれば、大抵敵は
ひるむものだ。スコロドンペペリ博士は、そういう患者だった。そして、その通り実行する患者
だった。
博士のそんな神をも恐れない行為は、病院中が困り果てた。あの婦長を、白衣の大魔神を、マン
ツーマンのマークに付けたのだったが、それでどうなるものでもなかった。
結局、スコロドンペペリ博士の入院も長期に及んでしまった。退院の目処さえ立たなくなってし
まった。やはり、医者には体を見せないと…。いかに、スコロドンペペリ博士と言えども、それは
自業自得と言うものだった。
そんな夏のある日。
あのマーガレット婦長の誕生日に、博士が口紅をプレゼントした。婦長は喜んだ。しばらく優しい
マーガレットになった。
しかし、その口紅がいけなかった。少し使うと、中からノミやダニの死骸が出てきた。博士が密か
に忍ばせたのだった。
それに婦長が烈火の如く怒った。心優しいマーガレット婦長の堪忍袋の尾が切れてしまったのだ。
婦長は博士の部屋のテレビを持っていってしまったのだ。博士には、ちょっとした悪戯がとんだ代
償となってしまった。
テレビなんか要るものか…。その時博士は、大見得を切った。わしは、科学者じゃ…。そんなもの
いるか!
その日から、博士の長い夜は、ますます長くなっていった。話し相手のテレビは、もうその長い夜
を付き合ってはくれなくなってしまった。

スコロドンペペリ博士の部屋から、テレビが消え去ってから二日過ぎた真夜中のことだった。博
士は背中になま暖かい空気を感じていた。ラジオの深夜放送の怪談を聞いたのがいけなかったのか。
窓の外、遠くで吠える犬の声が、博士を責めていた。
-幽霊…。
出るとすれば、もっともそんな雰囲気にマッチした夜だった。博士はトイレを我慢し続けていた。
「誰だ…」
背中を叩かれたような気がした。博士は恐る恐る言った。
静まり返った病室に、博士のその低い声が異常なほど轟き渡った。博士は悔やんだ。悔やんでも遅
かった。悪霊たちを呼び起こしてしまったかも知れない。博士は耳を塞いでその恐怖から遠ざかろう
とした。出来ることなら、いつものように気を失ってしまいたかった。
ベットの脇のスタンドの明かりが、音も立てずに揺れている。
「くそー、幽霊か…」
開き直った。これ以上トイレを我慢できなかった。
「出るなら出てきやがれ…」
一斉一代の啖呵を、今夜の夕飯の乗ったワゴンに向かってぶつけた。そこには本来、博士の好きな
深夜番組のヌードシーンがあるはずなのだ。博士の啖呵は一瞬に怒りに変わり、その怒りは、テレビ
を持っていかれたことに集中した。あの大見得を、これほど悔いるものだと思ってもみなかった。
しかし、悔いている時間はそれほどなかった。ベッドの下から、うめき声が聞こえてきのだ。
「ウルウルウル…」
博士の背筋に、毛虫が猛スビードで駆け抜ける。
「ウルウル…」
その毛虫が脇腹に潜り込む。博士は目を閉じた。
「あのー、お邪魔してよろしいでしょうか…」
そう聞こえた。低い嗄れた声だった。幽霊に限りなくふさわしい声だった。
博士は固まった。石になった。しばらく静寂が流れた。
「ウワワワー!」
ワンテンポ遅れた悲鳴だった。それを残してスコロドンペペリ博士は、希望どおり気を失ってし
まった。

気が付いたのは、しばらくしてからだった。スコロドンペペリ博士は、恐る恐る目を開けた。
「……」
天井には何もいなかった。だから、天井を見続けた。
「……」
博士は、なんとか立ち直っていた。気を失うのも早いが、立ち直るのも早いのが自慢の博士だ。先
ほどの声は気のせいだ。いや、夢じゃ…。なぜなら、ション便はまだちびっていないもの…。
それが、博士を勇気づけた。とにかく博士は、何も見えない天井にわめき散らした。
「ばかやろー! お化けというものは、出てくる前に前もって何らかの挨拶をするものじゃ…。そん
な礼儀も知らん幽霊は、会ったことも、見たこともないわい…。まだ、修行が足りんのじゃ! ばか
ものが!
それに、わしをスコロドンペペリ博士と知っての狼藉か! 目的は、何じゃ! 冥土で豪遊する
ための金か! それとも、わしと会ったということを、あの世の親戚たちへ自慢するためか! いや、
わしのサインがほしいのか。それならば、マネージャに言っとくれ…。一枚七百円じゃ…。大型なら
ば二割り増しじゃ…。わかったか! あいや、まてよ、さては、わしの身体か目当てか! ばかも
の!」
恐怖から、博士のはったりは、訳の分からないものになってしまった。唾をまき散らしたあとが、
博士の目の回りに飛び散っている。博士は何も見ず、ただ真上の天井にわめき散らしたに過ぎなかっ
た。
「さあ、行儀知らずのお化けめ! ここに座れ! わしが、お前の性根を入れ替えてやる! このハ
ゲ幽霊め!」
博士の首は、真っ直ぐに天井へ延びた。勇気を持って開け続けていた瞳は、首と一緒に着いていっ
ていた。博士は、天井の小さな染みに戦いを挑んでいた。これだけ騒げは、本当にお化けがいてもよ
う出てこんじゃろう…。博士は高をくくっていた。
「ごめんなさい…。挨拶は、いつもしないもので…」
博士の縮み上がった意識が、ようやくのことで元に戻ろうとしていた時だった。それは、虚ろな泣
き声のようなものだった。博士の天井へ注がれた怒りの両眼が、行き場に困った。
「座るのは、このベッドの上でいいですか…」
もう逃げることなどできない。博士は、身体を起こした。
「ウワワワー!」
そこには、本当に額のハゲ上がったみすぼらしい幽霊が、行儀よく足をそろえてベッドの隅に座っ
ていた。
博士はせっかく起き上がった身体を惜しげもなく倒し、再び気を失ってしまった。

立ち直りが早いのが自慢だ。スコロドンペペリ博士は、再び我に戻った。
「先程の、ご無礼、謝罪いたします…。何とぞ、ごかんべを」
ハゲた幽霊は、これ以上の幽霊の礼儀はないというばかりに、博士に卑屈なほど許しを乞うた。
「なにとぞ、お許しを…」
立ち直りが早いのが自慢だ。そして、相手が弱い時に強いのも自慢だ。博士は、小便をちびりそう
な恐怖を堪え、いや、それはチビリと漏れていたのだが…。ハゲ幽霊に向かって高飛車に出た。
「今何時じゃと思っている! 世の中のだれしも、枕に汚いよだれを零して、歯ぎしりをしながら寝
ている時間じゃ! もう少し、出てくる時を考えろ!」
「幽霊に、そんなこと言われても…」
ハゲ幽霊は頭をかく。博士は畳みかける。このお化けは弱そうだ…。強かったら、もういっぺん気
絶するだけじゃ…。博士の勇気が百倍になっていた。
「ばかもの! それは、わしのベッドじゃ! お前は、床にでも座っておれ!」
ハゲ幽霊が飛んだ。音もなく飛んだ。やっぱりお化けだ。博士のション便がパンツに流れた。
「はい!」
それで、もう恐いものはなくなった。ション便を垂れてしまったのだ。もう、我慢することなどな
い。博士は完全に立ち直った。
「そんなことで、立派な幽霊になれるとでも思っているのか!」
ハゲ幽霊の頭を叩いた。不思議なことに手応えがあった。
「はい! すいません!」
もう一度叩いた。愉快で仕方なくなっていた。
「しばらく、わしの看護人となって修行しろ! いい幽霊に仕込んでやるわい!」
また叩いた。音まで聞こえた。
「はい!」
パンツのション便が気になった。スコロドンペペリ博士は清潔な男性だったのだ。
「まず、パンツを取れ。冷蔵庫の中に入っておる。上から二段目の箱の中じゃ。し、た、ぎ…。と誰
にでも読める字で書いてある!」
博士は立ち上がった。パジャマの裾から液体がチビリと垂れていた。
「その次はパジャマじゃ!」
そうして、スコロドンペペリ博士は、この突然現れたハゲ幽霊を、看護人にしてしまった。幽霊
への恐怖より、このスコロドンペペリ博士には、ハゲ幽霊が果てしなく弱く見えたのだ。何度も、
毛のない頭を叩きまくった。
「修行じゃ、修行じゃ! 修行を積んで立派になれ! ハハハハ!」
大得意だった。弱かろうが、世間のすべての者が恐れるお化けを、退治したのだ。ねじ伏せたのだ。
博士は、満足感で病院中を走りたくなった。
「パンツの箱の上に、ビールがあるじゃろ! お前の、看護人就任の祝いじゃ…。出してくるん
じゃ! コップは、その上にある!」
博士の笑顔は、そのビールさえも零れそうだった。
「ウッハハハハハ!」

スコロドンペペリ博士一人がビールを飲んだ。出てきた幽霊は帰りたがった。しかし、スコロド
ンペペリは帰さなかった。博士の博士たるゆえんだ。博士はご満悦に酔った。ハゲ幽霊は泣きそう
な顔になっていた。
しかし、スコロドンペペリ博士は心優しい人である。一通り博士がわめいた後、そのハゲ幽霊に
耳を傾けた。次はおまえの番じゃ…。なんでもいいから喋れ…。博士は心優しく耳を傾けた。
それは、ハゲ幽霊にとって信じられないことだった。博士の傾ける耳を不思議そうに眺めた。お化
けの話を聞いてくれる。ハゲ幽霊は目に涙を浮かべていた。
「なんでもいいから、おまえのことを喋れ!」
ご満悦の博士の笑顔が、今にもこぼれそうになっていた。可愛い看護婦のさおりちゃんに、またひ
とつ自慢話のネタが増えた。これこそ、究極の自慢話じゃ…。スコロドンペペリ博士はウキウキラ
ンランだった。
「早く喋れ!」
ハゲ幽霊は話し始めた。結構、悩みの多い幽霊だった。博士は、それを聞いてやった。退屈などし
なかった。博士の自慢話が果てしなく拡がっていった瞬間だった。
長い話になってしまった。何とも多い悩みを抱えているハゲだった。それでも、博士はそんなハゲ
幽霊の言う繰り言を、親身になって聞いてやった。最初はおもしろ半分だったんだが、博士は次第に
その話にのめり込んでいった。ハゲの境遇があまりにも哀れだったのだ。博士は涙した。自分のこと
のように鼻を啜った。病人であるはずの博士が、逆にその幽霊を励ました。元気を出すんだ…。それ
が、博士の博士たるゆえんなのだ。
「スコロドンペペリ博士。あなたのような心寛大なお方にお会いしたことありません。私めをあな
た様のお側に…」
夜明けにハゲは帰った。しかし、次の夜も、ハゲ幽霊はやって来た。
それが、スコロドンペペリ博士と、ハゲ幽霊ポポンとの出会いとなった。そして、その付き合い
はこの後二百年以上続くこととなるのだった。

それはそうとして、ポポンはスコロドンペペリ博士にすっかり心酔してしまい毎夜現れた。本人
は、本当にスコロドンペペリ博士の看護人になったような積もりらしく、あろう事か昼間にも現れ
た。博士には、私めが側におりませんと…。ポポンは新しい生き甲斐。いや、幽霊甲斐を見つけたの
だった。
さらにポポンは、自分の嫁をも連れてきた。嫁の苦労を聞いてほしい。ポポン夫婦は居座ってし
まった。
そのうちに、ポポンの両親、ポポンの嫁の両親も現れた。これにはさすがの博士も閉口した。頼む
から、昼間のうちは静かにしてくれ…。さすがの博士も、そう、ポポンに頼み込む始末だった。
ポポンというハゲ幽霊は、遠慮というものをしない幽霊だった。いや、幽霊すべて遠慮なんてない
のだろう…。それじゃ、夜だけにします。そう言って、ポポンは次々に知り合いを連れてきた。夕日
に幽霊たちの並んでいる姿が、病院の窓から見えるようになった。一目だけでも、スコロドンペペ
リ博士の姿を拝みたい…。幽霊たちは夜を待ちきれないようだった。
ポポンのその思いで、博士の病室はとんでもなく賑やかになっていった。スコロドンペペリ博士
にテレビなんか本当に必要でなくなってしまった。
それは、それは、毎夜、毎夜、その顔ぶれが違っていた。ポポンの嫁が、なんと整理券なるものを
発行していたのだ。あっちの世界で、ポポンの嫁はせっせと儲けていたのだった。
その噂はあっちの世界を駆けめぐっていった。誰それの親戚や友人、そのまた親戚や友人…。それ
らは、大スターのコンサート観賞さながらのドレスアップした姿で現れた。いとこやはとこ、そのま
たいとこに叔父叔母。整理券が飛び交った。向こうの世界では、プレミヤが付いているそうだった。
そう言って、ポポンの嫁が懐を膨らませているのを博士は横目で見たものだった。
あげくの果てには、通りすがりのものが乱入してきた。それはポポンの嫁が押さえた。整理券のな
いものは断固として入れないポポンの嫁の態度に、その場の幽霊たちは惜しみない拍手をした。
さらに、犬や猫までも連れてくるものも出始めた。犬や猫には整理券などいらない。いや、やっぱ
り必要だ。そんな議論がポポンの回りに渦巻く始末だった。
そんな騒ぎの中でも、偉大なる科学者は平然としていた。少しもそんなこと拒んだりしなかった。
賑やかなのが大好きなスコロドンペペリ博士だ。スコロドンペペリ博士の病室では毎夜、宴会が
開かれるようになったのは当然のことだった。
「あー、真夜中のビールは旨いわい…」
スコロドンペペリ博士に病気を直す気なんて、まったくなかった。

パタタトマス少年の手紙(3)

-ぼくたちの星の歴史を書くのに、なぜ、ぼくのじいちゃんから書くかって言うと、それは、読んで
くれていったら分かるよ。じいちゃんのことは、ちょっとやそっとでは書けないんだ。とびっきりの
変人なのさ。君たちと会ったら、じいちゃんきっと、訳の分からないことわめき散らすかも知れない
よ。覚悟しといて…。
とにかく、ぼくのじいちゃんは、普通じゃないんだ。手当たり次第物を分解したり、発明といって
何でも組み立ててしまう。そうかと思うと、一日中ぶつぶつ独り言言ったり、急に泣きだし何にでも
感動したり、大変なんだ。おばあちゃんが、早くに死んで若くから独り者で気楽なんだ。ふらっと、
ぼくの家に来て、晩御飯を食べていく。お酒が好きで、飲むと喋りまくるんだ。機関銃のように…。
そして、それを止めることは、誰にもできない。しゃべり疲れて眠ってしまうまで、その攻撃は続く
んだ。
しかし、そんなじいちゃんだけど、不思議と誰にでも好かれるんだ。きっと、あのつぶらな瞳と、
笑った時の皺だらけにする目尻の当たりに魅力があるのだろう。ぼくも、そんなじいちゃんの笑った
顔、大好きなんだ。
そんなじいちゃんが、病気で入院中、幽霊たちと友達になってしまったんだ。幽霊は、じいちゃん
がおびき寄せたんだって。病室に、お米や豆を蒔いておいたんだって。本当かどうかあやしいけど…。
じいちゃんの嘘は変わっているんだ。まあ、本人が変わっているから仕方ないんだけど。嘘と分
かっても、それを信じるまで何百回だって言い張るんだ。それはもう、鬼のような顔で迫るんだ。信
じてもらうまで、放そうとしない。それは凄い迫力なんだ。ぼくなんか、この幽霊をおびき寄せた話、
百五十回以上聞かされているよ。米や豆なんてどうも、信じがたいけど…。
それはいいとして、じいちゃんは病院で幽霊たちと友達になってから、毎日毎日、病室でその幽霊
たちとドンチャン騒ぎの酒盛りをしたりしたんだって。じいちゃんは昼間にたっぷりと睡眠をとって、
幽霊たちがやって来る深夜に残りのすべてのエネルギーを使ったそうだ。数多い友たちのために。
じいちゃんは、そのうちに幽霊たちのヒーローになっていったんだ。何万人という黄泉の世界へ旅
立った人たちが、じいちゃんの回りに集まって来たんだ。それゃもうカリスマだよ…。それは、もの
すごい数だったんだって。病院は大騒ぎになったんだ。
あの皺だらけの笑い顔の病人に、どこにそんな魅力があるのか不思議がる人がほとんどだったんだ
ろうけれど、ぼくはそれがよく分かるよ。じいちゃんの、あの人間とは思えない、信じられないほど
の熱い熱い心と、無謀以外なにものでもないとんでもない猛進さ、そして、猫の子が生まれたと言っ
て感動の涙を流す大げさなほどの純真さ、道端の花を摘んで耳にさしたり、見知らぬ人にわざと道を
聞き握手をねだるお茶目さ…。百倍も二百倍も膨らした自慢話をする時の、子供のような嬉しそうな
顔…。負けず嫌いのくせにどんな勝負事も弱く、負けを認めないきかん坊のじいちゃん…。ぼくには
よく分かる。あのじいちゃんの海のような魅力が…。
ごめん…。話が逸れちゃった。
そんなはちゃめちゃなじいちゃんは、幽霊たちと街へ出ることにしたんだ。幽霊たちは、じいちゃ
んの指導よろしく、真昼間でも道を歩くことが出来るようになっていたんだ。今までのように、暗が
りだけの行動から脱皮することが出来たんだ。幽霊たちは、堂々と街へ出た。もう、怖がることを止
めたんだ。
幽霊たちは、自分たちの魂を解放させていったんだ。鳥かごから出て、大空に羽ばたこうとしてい
たんだ。じいちゃんが、その扉を開けてやったんだ。幽霊たちは、明るいところへ出たんだ。
幽霊たちには、この小さな星が病んでいるのが見えたんだって…。あの世から、はっきりと…。そ
れは、痛々しくむちゃくちゃかわいそうな姿だったんだって…。
幽霊たちはじいちゃんを指導者に仰ぎ、平和への運動を始めた。どんどんスピードを上げて汚れて
いく自分たちの星の浄化に、乗り出したんだ。見ていられなかったんだよ、きっと…。自分たちの星
が、汚れていくのを、見ていられなかったんだよ…。
じいちゃんにも見えたんじゃないかな…。じいちゃんは、幽霊たちと平和のために立ち上がったん
だ。
幽霊たちは、それは物凄く活躍した。星を救うために、フル回転で動きまくったそうだよ。幽霊た
ちは、死んでから黄泉の風に浄化していたんだ。欲望を捨て、透き通った心になっていたんだ。そし
て、自分たちの失ってしまった愛の光を、探しだし始めたんだそうだよ…。じいちゃんがそう言って
いた。本当だと思うよ…。
じいちゃんは、その運動を病院のなかから指導した。幽霊たちを。こき使ったんだって…。大げさ
に自慢していたよ…。子供どものようにはしゃぎながら、何百回も自慢していたよ。
その頃、じいちゃんの病気は幽霊たちが直してしまったんだ。病院の顔は丸潰れだよ。しかし、じ
いちゃんは病院から出ようとしなかった。その病院が、じいちゃんたちの平和運動の拠点となってい
たんだ。じいちゃんは、強引に病院に居座ってしまった。病棟はじいちゃんが主のような存在になっ
ていたんだ。だって、じいちゃんには何万という幽霊たちが付いていたんだ。逆らう奴なんていな
かったんだ。誰かが気に入らないことを言うと、じいちゃんは幽霊たちを使って脅したんだ。毎夜毎
夜、枕の下に化けて出てくるぞって…。じいちゃんには、世にも恐ろしい強い味方がいたんだ。病院
側も仕方なく折れたんだろうね。そんなじいちゃんを追い出そうなんて思わなかったんだろうね…。
それはいいとして…。幽霊の話に戻るね。
そのうちに、じいちゃん以外にも幽霊の見える人たちが少しずつ増えていっていたんだ。よっぽど
派手に、幽霊たちが暴れまくったんだろうね。今は、この星すべての人が見えるんだけど、その頃は
信じていない人の方が遥かに多かったのさ。幽霊なんて見えないものだったんだ。それでも、少しず
つ少しずつその数は増えていったんだ。
それは、幽霊たちが隠れなくなっただけのことなんだ。鳥かごから放たれたんだ。幽霊たちは、そ
れまで隠れていただけだったんだ。
じいちゃんは、なんのかんの言って幽霊たちを羽ばたかせたんだよ。凄いだろう…。スコロドン
ペペリじいちゃん、本当に凄いだろう…。
そんなことがあったもんだから、じいちゃんは超有名人になっちゃった。幽霊たちの指導者が、ス
コロドンペペリだとばれちゃったのさ…。もっとも、当の本人は、そのことを隠したりしていな
かったんだけど…。ワイドショー専属の探偵に、それが暴かれたんだ。
そして、じいちゃんは、ワイドショーにも出演するようになったんだ。幽霊を大勢従えて、テレビ
局へ何度も通ったんだって。さすがに、テレビには幽霊は映らなかったそうだけど…。
じいちゃんは主婦の友になってしまった。そして、さらに警察や悪い奴等に狙われるようになった。
病院は、てんてこまいだったそうだよ…。
病院は、そんなじいちゃんを守った。とびっきり出来の悪い患者だったじいちゃんだけど、その海
のような魅力は、時間とともに病院の人たちに浸透していったんだ。病院の人たちは、すっかりじい
ちゃんのファンになっていたんだ。病院は、じいちゃんを守った。命を狙う者、お金儲けだけで近づ
こうとする者、サインをねだる主婦の団体。老人ホームへの招き。他の病院からの勧誘。そして、警
察の取り調べからさえもじいちゃんを守ったんだ。
大変だったそうだよ。病院は世間の注目となり、世界中のワイドショーにも毎日映し出されたん
だって。
マスコミは、じいちゃんのあだ名を付けた。何だと思う? 傑作だよ…。
『幽霊たちの、白い恋人…』だって…。ハハハハ…。笑っちゃうよ…。
痩せこけてひょろひょろのじいちゃんが、いつも白い浴衣を着ているもんだから、そんなあだ名に
なったんだ。どこかのチョコレートみたいだろう…。
でも、そのあだ名を非常に気に入っていたよ。
「わしは、銀白の乙女じゃ…」
そんな人なのさ…。ぼくの愛するじいちゃんは…。

ハゲ頭の幽霊の記録(3)

スコロドンペペリ博士は、いかにもスコロドンペペリ博士らしい行動をとった。我が尊敬する
スコロドンペペリ博士は、私たちが想像もつかないことを行った。
私は、そのことをいつ思い浮かべても失笑と感動が私の身体を駆けめぐる。私にとって、底知れな
い楽しい時期であった。と、同時に、掛け替えのない素晴らしい体験であった。そして、その体験は、
あの真夜中の宴に係わった者たちの、永遠の誇りなのである。私たち仲間すべての、生ある証なので
ある。
それはすべて、スコロドンペペリ博士のお陰である。私たちは博士なしでは、存在さえ曖昧なあ
つかいを強いられ続けていたことだろう。私たちが、今こうしてこの星で輝いていられるのは、偉大
なスコロドンペペリ博士のお陰なのである。
私は、そんな博士の行動を語るのを嬉しくて仕方ない。出来ることならば、側にその博士がいてく
れたらと思うが、それは贅沢というものなのだろう…。
先を続ける。
毎夜の幽霊たちの宴は、盛況をきわめた。真夜中の博士の病室は、幽霊たちでいつも満員の状態
だった。幽霊たちが、肩や膝をこすり合わせるように、その宴に参加した。病室に入れないものが、
溢れかえっていた。
博士は、そんな宴で幽霊たちの心を掴んでいった。誰も相手にされなかった幽霊たちを、優しく包
んでくれたのだった。
幽霊たちとの宴は、博士にとっても楽しいもののようであった。あの皺だらけの笑顔を振りまいて、
幽霊たちと毎夜、東の空が白むまで過ごしてくれた。病気など、お構いなしにその宴に付き合ってく
れた。好きなビールを煽り、朝まで付き合ってくれたのだ。博士ならではの大きな優しさで、幽霊た
ちとの真夜中の宴を楽しんでくれたようだった。
そんな宴も、一年ほど続いた。入れ替わり立ち替わりやってきた幽霊たちは、数限りなくなってい
た。幽霊たちの世界にも、そのことは超有名になるほど、その数は増え続けていた。
そんなある夜のことだった。スコロドンペペリ博士は、宴の打ち切りを言い出したのだ。突然に、
その宴の終了を発表したのだった。それは、博士にとって別の意味のあることだった。
しかし、博士のそんな気持ちは、その時幽霊たちには分からなかった。博士のそんな言葉に、幽霊
たちが激しい拒否を起こしてしまったのだ。幽霊たちにとって、心躍るその宴は切っても切れないも
のとなっていたのだ。
博士は知っていた。そして、理解していた。幽霊たちのことを…。私たちのことを…。
私はその時、博士の心が見えた。私だけが、その時のスコロドンペペリ博士を理解していた。
博士は私を呼んだ。
そう、あの偉大なるスコロドンペペリ博士は、私を…、このポポンを…。数知れずの幽霊の中か
ら、ひとりだけを呼んだのだ。
私は、スコロドンペペリ博士に特に気に入られていた。私のことを、ハゲ幽霊と言って可愛がっ
てくれていた。私は博士の側にいつも付き、看護人の役割をこなしていた。それは、震えるほどの喜
びの時だった。
私は、博士の病室に最初にお邪魔した幽霊だ。あの気高いスコロドンペペリ博士の、うろたえた
姿を見た唯一の幽霊なのである。その出会いことは口が裂けても言えない。あのスコロドンペペリ
博士が、ション便をチビッていたなんて死んでも言えない。もっとも、私はすでに死んでいるが…。
スコロドンペペリ博士は、そんな私を愛してくれた…。博士のベッドの片隅に座る権利を持つ幽
霊は、無数の我々の仲間たちのうちでも私だけなのだ…。ああ、たまにペンペンのお袋さんが座って
いたが…。ペンペンとは、私の可愛いヨメちゃんだ…。
そんなことはどうでもいい…。
夕暮れに、私とスコロドンペペリ博士は病室のベランダに立った。紫色の夕日が、急ぐ様子もな
く遠くの水平線に落ちていくところだった。
博士は言った。
「君たちに、やってもらいたいことがある…」
博士の深い皺の暖かさが、夕日を受け照り返す。その照り返しが角度を変え、私の頬に温かく流れ
込んできた。私は、博士の言葉に引き込まれていった。
「いや、君たち自身が立ち上がるのだ…」
訳が分からなかった。私たちが、立ち上がる? 博士も、病魔にやられたのかと思った。
いや、それは分かっていた。博士がこの星の汚れを悲しんでいたのは知っていた。私たちの世界か
ら見るアルカルは、果てしなくくすんでいた。傷ついていたのだ。博士にもそれが見えていたのだ。
「君たちの力を貸してくれ…。いや、わしの力を君たちに使ってもらいたい…」
博士は本気だった。いつものような道化の笑みは、深い皺の奥に閉まってあった。底抜けになんで
も受け入れてしまうような頬の皺は、紫の夕日が蓋をしていた。瞳が、私の意識を貫いていた。
「わしらを、救って欲しい…。この星を、蘇らして欲しい…」
その時、博士は世界平和のために立ち上がった。微力ながら、私たち幽霊とともに、アルカルの浄
化へと歩を進めたのだ。
それは、鬼のような形相だった。ベランダの柵を力一杯揺すり、沈む夕日に叫びながら、私に星の
悲劇を訴えた。火花が瞳のなかを交差し、荒い息が激しい熱を吹き出していた。
私は、博士のその熱に打たれた。早口でまくしたてたアルカルの悲しい過去に、激しい打撃を受け
た。身が粉々になるような、熱い熱い博士の思いを全身に受けた。
私は、承諾していた。博士の申し入れに、有無もなく頷いていた。
「見ていて下さい…。博士…」
私は訳も分からずに、あのこぼれる笑顔を戻した博士に、大見得を切ったものだ。
私に、忙しい日々が訪れることとなった。私は、博士と一緒にベランダから紫に沈んだ夕日の後を
追った。ちょうどペンペンが散歩していた。足の不自由な私の親父が歩かないのを、懸命に引っ張っ
ていた。

スコロドンペペリ博士は、私たちを組織した。未来への方舟だ…。
それは、私たちが望んだことだった。博士の、あの申し入れに従ったのだ。博士が言った。-わし
の力を貸したい…。その言葉に従ったのだ。私たちは、スコロドンペペリ博士に指揮を願った。
博士は、私たちをこき使った。それは、言葉は悪いが、馬や牛のように使った。わしの力を貸した
い…。その力は、恐ろしい力だった。しかし、私たちは、それを当然のことと理解した。あの博士に
従うのは、私たちの未来への道なのだ。素晴らしい夜明けへの歩みなのだ。
私たちは、博士に従った。
博士は、私たちを街に送り出した。私たちを、昼夜関係なく人前に送り出した。
私たちの姿が見える者は少なかった。しかし、博士は、毎日毎日、私たちの数のほとんどを喧噪の
人混みのなかへ晒したのだ。
私たちには辛いことだった。薄れかけていた肉体への情が、激しいほど押し寄せた。忘れ去ったは
ずの肉体への欲望が、意識に駆け上がってきた。しかし、私たちは博士を信じた。置き去りにして
いった地上への愛を探しながら、蒸せかえるような激しい流れの街のなかを歩いた。
その数は、ものすごい数に昇った。私たちは幽霊だ。博士に会うまでは、人々から私たちが見える
はずがないと思っていた。しかし、博士には見えた。そして、一部の地上の者にも見えた。
なぜか?
私たちは怖いのだ。人々は、私たちのことを間違って理解している。幽霊は怖いものではない。怖
いのは人たちの方だ。私たちが怖いのだ。人々との遭遇を…。
人々は、私たちを恐がる。そして、私たちも人々を恐がる。そこに恐怖が生まれる。私たちと人々
との遭遇は、昔からそうなのである。
私たちは怖い。そして、恐ろしい。その思いは簡単には消すことは出来ない。私たちの意識の奥深
くに、石のように固まって揺れている。海に水があるように、私たちの意識にその恐怖はあったのだ。
博士は言った。怖いものは恐がればいい…。恐ろしいものは、恐ろしがればいい…。それだけのこ
とだ。怖ければ、目を閉じよ。恐ろしければ、逃げろ。それだけのことだと…。
その通りだった…。それだけのことだった…。私たちは考えすぎていたのだった。
私たちは、私たちの解放のために立ち上がった。怖ければ恐がればいい…。恐ろしければ逃げれば
いい…。しかし、未来へ進むのだ。私たちの心の春へ…。
恐がればよい…。そうすれば春が来る…。
私たちは、未来へ進んだ。私たちは、私たちの解放へと進んだ。
博士から借りた博士の力は、私たちの進む道を教えてくれたのだ。私たちは、歩みを忘れていたの
だ。何不自由ない霊魂の姿の生活に、進歩するという意識を、忘却の彼方へ見失っていたのだ。
あー、何と素晴らしいことか…。何とスコロドンペペリ博士は素晴らしい人なのだ…。私たちは、
石より硬く団結した。
私たちの仲間は、博士の言ったとおり人々を恐がった。恐がりながらも、人々のなかを逃げながら
歩き回った。人々のなかをゆらゆら揺れた。この小さな星の隅々までに、私たちの仲間が恐がりなが
ら飛び回ったのだ。今までのように隠れることなどしなかった。
そのうちに、地上の人々が、私たちの姿を認めるようになってきた。それまで、一部の人たちだけ
だった神秘な世界は、私たちが無数にその世界を晒していったので、重い重い扉が開かれたのだ。
街は、当然パニックに陥った。幽霊が数知れず現れ、ところ構わず人々と接触した。ゆらゆらと揺
れる霊が、訳も分からず人の前に現れたのだ。街は、収拾がつくどころではなかった。
私たちに雪解けの時が来たのだ。地上の人たちは、子供から大人まですべて私たちの存在を認識し
ていった。
スコロドンペペリ博士の思いどおりだった。博士は、私たちと人々とを結びつけようとしていた
のだ。私たちが限りなく地上に現れることで、人々の意識を変えようとしたのだった。
博士らしい思いつきだ。博士は、私たちに偏見を持たなかった。自分と同じひとつの小さな生命と
して、私たちと接してくれた。そんな博士だからこその思いつきなのである。心優しい博士は、私た
ちを野に放ってくれたのだ。鳥かごのなかから、大空へ飛び立ててくれだのだ。
それは、全世界的な問題となった。星じゅうの都市や街で、私たちが動き回った結果だ。各国の首
脳たちは、その件で会議を重ねたものだった。
博士はほくそえんだ。どんなに話し合いを繰り返しても、解決するはずのないことなのだ。私たち
も笑い飛ばした。
しかし、それだけでは終わらなかった。偉大なるスコロドンペペリ博士の次の指示は、これまた
突飛なことだった。
愛を伝えろ…。
私たちへの指示はそれだった。私たちは、訳が分からなかった。偉大なるスコロドンペペリ博士
の、海のような、空のような、波のような、雲のような頭脳には、私たちは付いていくことは出来な
かった。
それでも博士は、私たちを追い立てた。無邪気な子供が、おもちゃをせがむのか、それとも、王様
が后を選ぶのか、はたまた、神が剣を持つのか、それは、それは、どうしようもない博士の追い立て
だった。
私たちに、その指示を拒むことは出来なかった。なぜならば、スコロドンペペリ博士の指示だか
らである。私たちはすべて、スコロドンペペリ博士のしもべとなっていた。スコロドンペペリ博
士を、私たちの救世主に思っていた。スコロドンペペリ博士に神を見ていた。
その時博士は、少しは説明をしてくれた。訳が分からなかったが…。
「今、この星にかけているのは愛だ。そして、それはわしら人間とお前たち幽霊に一番必要なものだ。
分かるじゃろう…。ただ、愛することを伝えるのじゃ…。そして、ただ愛することを受け取るのじゃ
…。簡単なことじゃ…」
私たちは、訳の分からないまま、愛を伝える…、という行動を開始することになった。とにかく私
たちは、進んだ。進むことが、理解への近道だった。
私たちの大半のものは、人々に囁いていった。それしか考えられなかった。
「愛してる…」
「愛しています…」
「アモーレ…」
気持ち悪いほどの、歯の浮いた言葉が街中に流れた。
「愛しています…」
「アイラブユー…」
鳥肌が立つセリフを、私たちは繰り返した。なかには、そのことを実証しようとするものもあった。
街の人たちに抱きついていったり、キスして回ったり、変態じみた行動をとったものすらいた。
博士は、そんなことお構いなしだった。とにかく、愛を伝えろ…。それだけだった。
「アイラブユー…」
「ジュテーム…」
「ピレーイン…」
喜劇だった。幽霊たちによる、今世紀最大の喜劇だった。
ますます人々は、私たちを敬遠するようになった。恐さはなくなったが、私たちを気の触れた者た
ちと思うようになっていった。あの世の、落ちこぼれの変態たちと思っていった。
スコロドンペペリ博士は、そんなことは十二分に分かっていたのだろう。私の芳しくない報告に
も、首を横に振ることはなかった。
「愛とは、時間の掛かることだ…」
それだけだった。
しかしそのおかげで、私たちは、人たちを恐がらなくなっていった。人たちも、私たちを恐れなく
なっていった。
「愛を伝えろ…」
私たちと人々とのあいだが、少しずつ狭まっていった。見せかけの上辺だけの愛が、根雪を溶かす
ように暖かさを染み込ましていったのだ。
「愛を伝えろ…」
博士の指示は、的を得ていたのだ。
私たちは、その喜劇を演じ続けた。超ロングランだった。
そして、不思議なことが起こった。そうこうしているうちに、私たちが、愛に目覚めたのだ。いや、
私たちの愛が蘇ったのだ。
それは、信じられない体験だった。夢のような素晴らしい時だった。
「愛してる…」
「アイラブユー…」
私たちは、その言葉を理解したのだ。何度も何度も繰り返し、思考の片隅まで蔓延していったその
言葉は、私たちの意識を変えていった。私たちの心を洗い流してくれた。真っ白な透明のペンキで、
私たちの魂を愛で染めてくれだのだった。
愛は光だった。私たちの魂を、果てしなく輝かせてくれる光だった。そして、私たちもその愛の光
だった。愛で染まっていく私たちの魂は、温かく透明な光だった。
私たちは輝いた。美しく輝いた。どこまでも遠くに、そして、どこまでも透明に輝いた。喜びだっ
た。感激だった。恍惚だった。
「アイラブユー…」
私たちは、もうその言葉が私たちの一部になってしまっている。
「愛している…」
私たちの、魂のささやきになっている。
スコロドンペペリ博士は、私たちに存在の意味を教えてくれたのだ。
「あー、博士。愛しています…」

スコロドンペペリ博士の偉大なる功績(4)

スコロドンペペリ博士の病気はすべて全快した。そして、スコロドンペペリ博士は生まれてか
ら百回目の春を迎えていた。病院に入院してから、もうすでに二十年が過ぎようとしていた。ちょう
ど二百年前のことである。

「この病院は、完全に包囲されている。出て来るんだ! スコロドンペペリ博士!」
茶色く色あせたコンクリートの壁に、警察が放つスピーカーの甲高い音が跳ね返る。電線にとまっ
ていた雀が、いっせいに飛び上がる。
「出てきなさい! 危害は加えない。抵抗しても無駄なことだ!」
スピーカーを握っている声の主は、眉間を震わせ涙目になっている。
「早く、出て来るんだ!」
その警官は、銀色に光る盾を押しのけ前に進んだ。
「ウワー!」
よろめき、その場に倒れる。
「何をする…」
警官は、足をばたつかせ抵抗している。その足の回りを、色とりどりの光が舞っている。幽霊たち
だ。幽霊たちはそれぞれにその警官を責めていた。
「止めロー!」
警官のその足は、舞う光のなか左右に少しずつ開いていった。ペンペンがそいつの尻をかんでいた。
ポポンのハゲ頭が、警官の股間に隠れていく。
「止めてくれー!」
警官の涙目のなかから、一粒水滴が流れ落ちた。ペンペンの親父さんが、その警官の髪の毛を一本
ずつ丁寧に抜き取っていた。
「バカヤロー!」
スコロドンペペリ博士の入院している病院だ。古くなってしまったその建物は、すべての窓が閉
じられ暗いカーテンが引かれていた。そして、すっかり博士のろう城の要塞と化してしまった。
と言っても、博士はそんなつもりはまったくなかった。警察などは、まったく意に介していない博
士だった。しかし、おもしろがった幽霊たちが、あらぬデマと脅しを飛ばしたせいで、病院側の緊急
対応が大げさになってしまったのだ。
警察は、博士の身柄を押さえに来た。幽霊騒動の事情を聞くためにだった。しかし、それを面白く
ない幽霊たちは、病院に警察へ対しての武装対策を依頼した。
警察は、博士を奪うのに病院の破壊も辞さない。それほど博士は、重要な人物なのだ。病院側も、
そんな博士をやすやすと警察に奪われては、私たちが黙ってはいない。ここは、どんなことがあって
も博士を守らなくてはならない。病院のすべての力を結集して欲しい。幽霊たちは病院に圧力をかけ
た。化けて出るぞ…。その言葉には、病院側は返す言葉を持っていなかった。
病院は、それに従った。職員たちは喜んだ。テレビに映るかも知れない…。マーガレット婦長など
は、化粧に二時間もかけていた。
「早く、出て来るんだ!」
スピーカーの声の主が、素早く入れ替わっていた。
小さなこの星は、変動期にあった。星の規模の戦争がひと段落付くと、どういう訳だか幽霊たちが
星を包んでしまっていた。星の人々は、その騒動に世紀末を悟っていた。
その幽霊騒動の元が、この病院にあると噂されだしたのが最近になってからのことだった。幽霊た
ちが、訳の分からない愛の言葉を語り、手当たり次第に人々の心の中への進入を計っていた時だった。
星はどこに行っても、幽霊たちがまとわりついてきた。愛している…。アイラブユー…。その言葉
は、地上の人にとって不快な響きでしかなくなっていた。
幽霊たちはひつこかった。拒んでも拒んでも寄ってくる。愛している…。アイラブユー…。馬鹿の
ひとつ覚えだった。人々は、実際の被害は受けなかったが、人々は精神的に参っていった。
それは、星にとっても放っておける問題ではなかった。何度も何度も会議が行われた。しかし、何

一つ有効な解決策はなかった。
そのうちに星の人々のなかには、そんな幽霊たちと仲良くなるものが出てきた。狂ったような幽霊
たちと、何かを語るものが出てきたのだ。
とうとう、この星も最期だ。ほとんどの人々は、そう思いはじめた。人々は、助かる道を追い求め
た。自らの方舟を探し求めていた。
「放してやれ…」
病室の窓がひとつ開き、この騒ぎの張本人スコロドンペペリ博士が顔を出した。
「その警官を、放してやれ…」
開いていく警官の股が閉じる。足から、幽霊たちの色とりどりの光が離れていく。ポポンとペンペ
ンが手をつないでいた。
「フー…。バカヤロー!」
警官が一息付いた。しかし、ペンペンの親父さんは耳が遠かった。博士の指示か聞こえなかった。
まだ警官の毛を毟っていた。娘婿へのプレゼントをせっせとむしっていた。
「わしは、何もしておらん! お前たちに、こんな仕打ちを受ける覚えはない! バカヤロー!」
老人とは思えないほどの大声だ。スピーカーをもった警官が、そのボリュームの調整を行っている。
「お前たちに用事はない! 帰れ!」
再び窓が閉まる。その隙間に、警官の足から離れたポポンたちが滑り込んだ。
「出てこい!」
警官の声が、一段と大きくなっていった。
「とうちゃんを忘れた!」
それより、ペンペンの声の方が大きかった。

病室では、マーガレット婦長が、ものすごい形相でベッドの側に仁王立ちになっていた。念を入れ
すぎた化粧がその重さに垂れ下がっている。
「博士…。早くしないと!」
「分かっておる…」
窓の隙間から滑り込んだ幽霊たちは、博士の足を持ち上げようとした。その横で、ペンペンの親父
さんが娘にしかられていた。
「待て待て…。ハゲはいるか」
「はい、博士」
ポポンは、それでなくても薄いシルエットに、それ以上薄い額と前頭部を突き出し、大きな丸い目
で博士に近付いた。ポポンの頭の上には、ペンペンの親父さんがむしり取った警官の毛が斜めに張り
付いていた。
「いいか…。ハゲ! わしはお前に命を預けるのじゃ…。たのんだぞー!」
病室に緊張が走った。マーガレット婦長が叫んだ。
「博士! ぐずぐずしている場合ではありません…。警察は、本気ですよ。はーやーく!」
婦長は、ハゲを押しのけて博士の目の前で唸る。巨体が博士の上に被さる。
「博士が、喜んであんなワイドショーに出るから、こんな目に遭うのですよ…。ワイドショーの奴等、
博士を警察に売ったんだわ。ちくしょー!」
ドタバタになってしまった。テレビなんかに映りっこなくなってしまった。マーガレット婦長は、
その太い腕をまくった。
「うるさい!」
この日は、スコロドンペペリ博士の手術の日だった。手術と言っても、博士を世間から隠すため
に博士の肉体と精神を分離する作業なのだ。あまりにも幽霊騒動が世間に騒がれて、スコロドンペ
ペリ博士は身動きとれなくなってしまった。連日のワイドショーの取材に、病院側も隠しきれなく
なっていたのだ。
それは、ポポンの提案だった。博士の肉体を、とりあえず冷凍保存してしまう。そしてその精神は、
私たち幽霊たちが責任を持って預かる。つまり、生きたまま幽霊になるのだ。ハゲ幽霊の提案は、病
院中を驚かせた。
しかし、さすがスコロドンペペリ博士だった。偉大なるスコロドンペペリ博士は、この提案に
驚くほど喜んでしまった。
「それは、ベリーぐっとアイデアじゃ! わしは、かんかちこんの氷になるのか…。ハハハハ。それ
は、ベリーぐっとアイデアじゃ!」
それからの博士は舞い上がってしまい、その日が来るのを待ちに待ったのだった。
「いいか…。ハゲ! わしはお前に命を預けるのじゃ…。たのんだぞー」
ポポンが頷いた。頼りなげな仕草だった。婦長が続けた。
「年寄りは、これだからかなわんのです。早くして下さい…。お別れの挨拶は、夕べ一晩中掛かって
したではないですか…。このハゲさんだって、その話、何百回は聞いていますよ…。女々しくはない
ですか。しばしの別れなんですから…」
「うるさい! わしはロマンチストなんじゃ…。別れというものは、ひつこければひつこいほど値打
ちがあるものじゃ…。警察なんか放っておけ。わしは、わしの思い通りやる」
「あら、博士。そんなこと言って、本当は怖いんじゃありません? かちんこちんになるのが…。口
ばっかりで、足が震えているんじゃないですか?」
「うるさい!」
スコロドンペペリ博士の病室は、ごった返していた。婦長の他に、腕利きの看護婦と病院のガー
ドマンが腕まくりをして待っている。それは、スコロドンペペリ博士がその場になって、冷凍保存
を拒んだ時のためのものだった。
「カレンちゃんは、いるかなぁー…」
猫が猫をなでるような声が、博士の薄く乾いた唇よりこぼれた。博士は、このカレンちゃんのこと
になると、まわりのことがまったく分からなくなってしまう。夕べの別れの宴だって、カレンちゃん
に付ききっきりだったのだ。
「はーい、スコロドンペペリ博士。アイラブユー…」
これまた、猫が猫をあやしている声が、仁王立ちになった婦長の影から流れてきた。名前の通り、
可憐な幽霊が、真っ赤なドレスに身を包んで博士のベッドに潜り込んだ。
「あー、カレンちゃん…。そこにいたの。その大きなおばさんのお尻臭くなかった?」
「うーん、ちっとも…」
「そう、それはよかっね。超ラッキーね!」
婦長の太い手が上がる。博士が目を閉じた。
「このやロー! フランケン…。スコロドンペペリ博士を手術室に運んでしまいなさい! 早く瞬
間冷凍してしまうのよ!」
ガードマンのフランケンが、婦長を押しのける。博士は、カレンちゃんにしがみつき情けない声を
上げている。
「助けて、カレンちゃん…。この哀れなおじさんは、あの大きなおばさんに食べられてしまっちゃう。
あのおばさん、オオカミより怖いのよ…。このあいだなんか、赤ずきんちゃんを本当に食べてしまっ
たのよ…。おー、怖い怖い…」
「本当…。そんなこと出来るの…。超スゴーイ!」
「バカ!」
博士の目の前に、婦長とフランケンの太い腕の筋肉の盛り上がりが降りてきた。
「ウワー! 助けてカレンちゃん…。このおばさん、わしを生で食う積もりじゃ! ウワワワワ!」
「博士を生で食べるの…。そんなことも出来るの…。超スゴーイ!」
「バカ!」
スコロドンペペリ博士は、フランケンに運ばれた。そして、数十秒後に気絶した。

「ここは、どこじゃ…。誰かおらんのか」
スコロドンペペリ博士が目覚めた。フワフワと身体が浮かんでいた。
「はっ、ここに…」
つるりとしたものが見えた。博士はそれを一つ叩いた。
「おー、ハゲか…」
ポポンが笑っていた。
「わしは、どうなったんじゃ…」
博士の身体から、白い仄かな光が揺れている。薄暗いその空間は、夜空のように澄んでいた。
「そうか、わしは幽霊になったのじゃな…」
「その通りであります…」

「説明してもらおう…」
まわりに、いくつかの雲が浮かんでいる。そしてその雲に、数知れずの色とりどりの光がまとわり
ついている。光たちは、子供のように踊っていた。子供のように跳ねていた。子供のように歌ってい
た。ポポンたちの仲間だった。
「ここは俗に言う、黄泉の世界です。スコロドンペペリ博士は、今、この世界に着かれたところで
す。御加減はいかがなものでしょうか…」
ポポンの笑みが大きくなった。安堵の思いがそれに乗っていた。
「うん、何やら気分がよいわい…」
博士の光は、少しずつ色を変えていく。赤く黄色く、仄かな灯火のように揺れていく。博士は、白
い衣を纏っていた。法衣のような聖なる衣装だった。その衣装から、博士の光が浮かび上がり美しく
輝いていた。
「いい気分じゃ…。何か、神になったようじゃ…」
「ハハハハ…。博士らしい」
博士は、マーガレット婦長とフランケンに押さえつけられたまま気絶した。馬鹿でかい冷蔵庫の前
だった。そして、博士の肉体はその場で麻酔を打たれ、帰らぬ人、いや、帰ってくるか帰ってこない
か分からない人になってしまったのだ。
そして今、スコロドンペペリ博士は幽霊たちの世界に着いた。ポポンたちの、努力が実ったので
あった。
博士の精神は、ポポンたち幽霊が運んだ。気絶した意識は、肉体のなかで眠っていた。そして、夢
の入口にあった。ポポンたちは、その夢に入り込んだ。スコロドンペペリ博士の、ケバケバした総
原色の恐ろしく派手な夢に入った。
その、博士の夢のなかで、ポポンは博士においでおいでをした。その夢を抜けると、ポポンたちの
世界だった。
「ばか者!」
夢のなかで博士は怒鳴った。なぜか博士は、ポポンの手招きを拒み続けた。
その時、カレンちゃんが手を振った。真っ赤なスカートをひるがえして、博士にウインクをした。
一瞬だった。博士は、まわりに見向きもしないでカレンちゃんの呼びかけに応じた。疾風の如く自
らの夢を飛んだ。夢の出口で、カレンちゃんのお出迎えとなった。
「わしのお出迎えは、カレンちゃんに決まっておるじゃろう…。ハゲのバカ!」
とにかくスコロドンペペリ博士は、自分の夢から出た。そして、その精神は黄泉の世界へ入った。
幽霊たちの世界は温かかった。博士は、何やら子供に帰ったような心地になっていた。
「お前たちの世界は、温かい世界じゃなぁー。わしは気に入ったぞ…」
博士は、その空間をくまなく歩いた。歩く、と言っても空間を飛んで移動しているのだ。重力のな
いこの空間は、博士を幼心に誘った。
「スコロドンペペリ博士…。街に行ってみませんか」
ポポンが嬉しそうに言った。自分の家に来てもらい、整理券がありながらあの病院まで行けなかっ
た自分のひーおばあちゃんに会ってもらいたかった。
「街があるのか?」
「はい…。ここはまだ、入口に過ぎません」
博士が目を丸くする。カレンちゃんが博士の手を握る。博士の頬がゆるゆる緩んだ。
「どんな街じゃ?」
「それはそれは、美しい街でございます…」
ポポンが答えた。背を伸ばし自慢している。同じ姿勢で、ペンペンもポポンに並んでいた。しかし、
ペンペンの親父さんが大変疲れた顔で腰を曲げていた。
「そうか、連れてってくれ…」
博士も嬉しそうだった。
「カレンちゃんのような、かわいこちゃんがいっぱいおるのかノー…」
「はい…。博士」
博士は、身に纏った法衣をひるがえし早足でハゲに従う。幽霊たちの世界への入口の空間は、そん
な博士に暖かい風を送り続けた。
「博士ー。ディスコへつれていってー! 超たのしいよ!」
カレンちゃんが一つターンした。
「ハハハハ…。いいところじゃ…。カレンちゃん。超スーテキーよ…」
スコロドンペペリ博士もターンした。

パタタトマス少年の手紙(4)

-じいちゃんは、素敵だよ…。心優しいじいちゃんは、素晴らしい人だよ…。
そんなじいちゃんは、幽霊たちに未来を見せようとした。今までなら、死んでしまったものとして
見向きもされなかった幽霊たちに、新しい意識とその存在の意味を教えたんだ。素晴らしいことだよ
…。じいちゃんは、素晴らしい人だよ…。
幽霊たちを、じいちゃんは街に出した。人々の前に、姿を晒すことを指示した。今まで隠れていた
幽霊たちは、戸惑いながらじいちゃんの指示に従った。
じいちゃんは、言っていた。幽霊たちは辛かったに違いない。忘れていた欲望が蘇り、いたたまれ
ない気持ちが心に渦巻くだろうって…。しかし、そんな気持ちもすぐに消えて行くって。幽霊たちは、
きっと何かを掴むだろうって…。
そんな時、じいちゃんは、幽霊たちにある輝きを見たんだって。うっすらと透明に光る水晶のよう
な灯を…。それは、幽霊たちの魂を覆い守っているようだったんだって。そんなきれいな光、じい
ちゃんは見たことないと言っていた。きっと、素晴らしい美しさだったんだろう。
その光は、わしらには見えない…。じいちゃんの悔しがりようは普通じゃなかったそうだよ。
それが、愛なんだって。ぼくたちの透き通って汚れの知らない愛なんだって。その光がぼくたちの
本当の姿なんだって。ぼくたちの存在の核になる光なんだって。
幽霊たちは黄泉の世界で、地上の垢や泥を洗い流し、とてもきれいに浄化していったんだ。そして、
再び地上に戻り街へ出て、自分たちを解放していきながら本当の姿を取り戻していったんだ。愛の光
を輝かせたんだ。じいちゃんは、そう言っていた。
じいちゃんが幽霊たちにやらせた、世間の混乱に巻き込んだ行為は、じいちゃんの幽霊たちへの友
情と愛だったんだ。じいちゃんは、心の底から幽霊たちを愛していたんだ。
「愛しています」
「アイラブユー…」
じいちゃんの指示は、的を得ていた。幽霊たちに愛を表現させたんだ。星の人たちが忘れ去ってし
まった愛を、幽霊たちに伝えさせたんだ。
「愛しています」
「アイラブユー…」
じいちゃんは、そんな愛の言葉を幽霊たちに語らした。語らしたと言うより、この小さな星じゅう
に撒き散らさせたんだ。
「愛しています…」
「アイラブユー…」
その言葉は、ぼくたちの世界をこっけいな渦のなかに落とし込んだ。何か喜劇のような騒動が、ぼ
くたちの星を駆けめぐったんだ。しかし、じいちゃんは幽霊たちに続けさせた。幽霊たちの美しい光
に賭けたんだ。
幽霊たちは、そんなじいちゃんのことを理解してくれたんだ。少しずつ愛を取り戻していった幽霊
たちは、そんな奇妙な行為を喜んで行ったそうだ。上辺だけのこととは知りながら、愛を伝える、愛
を受け取る。幽霊たちには、震えるような喜びだったんだって。
「愛しています…」
「アイラブユー…」
その言葉が、この星の人々の心を溶かしていったのじゃ…。じいちゃんは、そう言って少し涙ぐん
でいたよ…。
その時、その幽霊たちの愛の光が見えたのは、じいちゃんだけだったんだ。幽霊たちの本当の姿で
あるその輝き、いや、ぼくたちすべての本当の輝きは、その時、誰にも見えなかったんだ。
しかし、その幽霊たちの言葉は、少しずつ少しずつ人々の心の奥にまで積み重なっていくことと
なった。幽霊たちはめげなかった。蹴られても殴られてもそれを続けた。何十年も何十年もそれを続
けたんだ。それはそれは、激しすぎるほどの幽霊たちの、この星への愛情だったんだ。幽霊たちは、
じいちゃんを中心に一つになっていた。この星を蘇らせる…。この星に愛を取り戻す…。その情熱と
執念で強く強く結びついていったんだ。
星は少しずつ変わっていったのさ。歯の浮いた言葉と思っていた愛の言葉が、街中に浸透していっ
て、人々は少しずつ変わっていったのさ。徐々に、幽霊たちの愛の光が見える人々が増えるように
なっていったんだ。
人々は、慣れたんだ。いや、その言葉の意味を理解しようとしていったんだ。愛の言葉は、耳にた
こができるほど聞いた。いや、そのたこのうえにたこができるぐらい聞いた。しかし、その言葉の不
快感は薄れていったんだ。意味を理解しようと言う人たちが増えていったんだ。じいちゃんがよく言
う言葉さ、愛とは時間の掛かることじゃった…。
「愛しています」
「アイラブユー…」
幽霊たちは、頑張ったよ。それこそ、身を粉にするぐらい勘張ったんだ。
「愛しています」
「アイラブユー…」
じいちゃんも、その言葉を撒き散らしたそうだよ…。気味悪いけど…。
今は見えるよその光は…。ぼくたちの星の人たちは、全部持っているから。全部光っているから…。
全部輝いているから…。そして、それぞれを愛しているから…。
星の人たちは、それを思い出したんだ。幽霊たちの超ロングラン喜劇に、それを思い出したんだ。
幽霊たちの輝きに、ぼくたちの星の人たちはそれぞれの本当の姿を少しずつ映していったんだ。
愛とは、時間の掛かることじゃった…。じいちゃんの自慢話の後、必ず引っ付いてくる言葉だよ。
じいちゃん、本当に心からそう思っていただろうな。だって、ぼくたちの星がそれを取り戻すのに、
約二百年も掛かったんだもの。幽霊たちが最初に町に流したセリフは、二世紀という時を越え真っ赤
な大輪の花を咲かせたんだ。超ロングラン喜劇は、超ロングラン愛の名作として、果てしない時を過

ぎ、幽霊たちから人間たちに引き継がれることになったんだ。
君たちの星、地球には、その光が見えるのだろうかな…。
ぼくたちの星だって、人々がエゴと狂気で地上にのさばっていた頃には、そんな光なんてまったく
見ることは出来なかったんだ。人々は愛を忘れていたんだ。お互いを傷つけ合い、争いを繰り返した。
星への優しさを失い、人間だけの都合で自然を破壊していった。そして、人々は病んでいった。星は
病んでいったんだ。
大丈夫だよ…。きっと、君たちの地球も、その光が見えてくるよ…。
君たちの星は蘇るよ…。きっと…。だって、君たちもぼくたちと同じ人間だもの…。

話は少し変わるよ…。
そんなじいちゃんが、追われる立場になってしまったんだ。バカな幽霊たちを煽ったという罪、世
間を混乱の渦陥れたという罪で、お尋ね者となってしまったんだ。
しかし、ぼくのじいちゃんは、それはそれはうまく逃げたんだ。逃げたというより、隠れたんだ。
それも、とんでもない方法で…。
冷凍人間になっちゃったんだ。生きたまま幽霊の仲間入りをしちゃったんだ。じいちゃんは、幽霊
たちとの友情を貫いたんだ。病院にかちんこちんの身体を残し、じいちゃんの精神は幽霊たちの世界
へ旅立ったんだ。警察は、病院に残ったじいちゃんのしわしわな冷凍の肉体を拘束した。抜け殻のよ
うな冷凍の塊を、捕まえた。
すぐ釈放さ。病院の冷蔵庫でないと、死んじゃうからね…。ハハハ…。
そうしてじいちゃんは、帰る支度をきっちりと整えて、黄泉の世界へ遠出していったんだ。
どうだい、凄いだろう…。ぼくのじいちゃんは…。

また少し話が変わるけど…。ややこしくてごめんね。
そんな頃、じいちゃんは恋をしてしまったんだ。愛してます。アイラブユー。何度も何度も言って
いるうちにじいちゃんの心の奥に変化が現れてしまったんだ。じいちゃんのその言葉の理解は少し
違っていたみたいだよ…。けっさくだね。
それは、幽霊のカレンちゃん。そして、人間のゆり子さん。じいちゃんは、二人に恋してしまった
んだ。
じいちゃんは幽霊たちの世界へ着いて、他の幽霊たちのように浄化はあまり進まなかったらしいや。
やはり、肉体を地上に残していったせいなんだろうね。愛の光は、なかなか灯らなかったんだそうだ
よ。
しかし、不思議なことに、カレンちゃんとゆり子さんには見えたんだって。じいちゃんの愛の光が
仄かに見えたんだって。それは、美しい七色の虹のようなんだって。じいちゃん本人が言っていた。
派手な光だね。じいちゃんらしいや…。どうせ、愛の言葉をその二人だけに言いまくったからなんだ
ろう。ハハハ…。
幽霊たちの街は、美しいいい街だそうだよ。じいちゃんは、今、その美しい街でカレンちゃんと
デートし、じいちゃんの世界へ行っちゃったゆり子さんともデートし、地上へ降りてはいろいろなワ
イドショーに出たり、大学の学園祭なんかに行っているんだ。ひどい時は、テレビののど自慢なんか
にも出ていたよ…。それから、入れ歯のコマーシャルにも出ていたよ…。じいちゃんのあだ名であっ
た、白い恋人というチョコレートをかじるCMなんだ。ぼく、笑っちゃったよ。
じいちゃん、今のその生活は、楽しくてたまらないんだって。じいちゃんの何度目かの青春だった

んだって。笑っちゃうよね本当に…。
そんなもんだから、じいちゃんは、肉体へは戻りたがらなかった。肉体へ戻ると、歳いっちゃうか
ら。じいちゃんは、一年に6度、盆と正月と自分の誕生日、子供の日と敬老の日、そしてばあちゃん
の命日、それだけに戻ってくるだけになったんだ。じいちゃんに言わせると、いくら酒を飲んだって
誰もめくじら立てて起こらない日なんだって。でも、幽霊のじいちゃんは、いつだって逢えるよ。空
に向かって大声で叫べは、じいちゃんは降りて来るんだから…。
じいちゃんが冷凍人間になったのは、じいちゃんが百歳の時だった。そして、かれこれ二百年ほど
あの世とこの世を行ったり来たりしているから、普通なら二百八十歳なんだ。じいちゃんといっても、
ぼくにはひーひーひーひーひーひーひーひーひーじいちゃんなのさ…。でも、ぼくにはじいちゃんな
のさ。ひーひーひーひーひーひーひーひーひーじいちゃんなんで呼んだら、じいちゃん怒っちゃうよ。
今日も、じいちゃんが来ていたんだ。幽霊のじいちゃんが…。君たちの星へ行くのを、楽しみにし
ていたよ…。ヘヘへ…。

ハゲ頭の幽霊の記録(4)

「スコロドンペペリ博士の友情は、私たちを刺激した。スコロドンペペリ博士は、私たちが思っ
ている以上に、私たち幽霊たちのことを愛していてくれたのだ。
私の思いつきだけの提案が、博士に受け入れられてしまった。博士を冷凍にしてしまって、その精
神をこちらの世界へいざなう。そんな思いつきだけのことが、博士に受け入れられてしまったのだ。
博士を幽霊にしてしまおう…。ほんの冗談のつもりで言ったものをスコロドンペペリ博士は、ベ
リーぐっとアイデアとして取り入れてしまった。私の常識から言って、信じられないことだった。私
の常識とは、それほど希薄なものなのだろうか…。いや、それは、博士の博士たるところのゆえんな
のだろう。
しかし、そのことは私たち幽霊とスコロドンペペリ博士の友情を、より深く結びつけることと
なった。
博士のほうから、私たちに寄ってきてくれたのだ。私たちは、博士に対して無条件で心を開いた。
私は博士の夢のなかに入り、博士を私たちの世界に誘った。こんなことするのは始めてだった。う
まく行くとは思わなかったが、私が言いだした手前、やらないわけにはいかなかった。私は、今も
思っている。あれがうまくいったのは、あの博士だからだったのだ。博士以外では、うまくいきっこ
ないことなのだ。もう、あんなことするのはごめんこうむる。二度としたくない…。
博士の夢のなかは派手だった。けばけばしい原色の世界だった。私は、そのまぶしさに目眩を覚え
たものだった。あんな世界なら、私だったら疲れて仕方ない。気が触れてしまうかもしれない。大天
才スコロドンペペリ博士の類稀な精神の一部を、かいま見たようだった。
話を先に進もう。
とにかく博士は、私たちの世界にたどり着いた。私の思いつきの提案による、生きながら幽霊に
なったのだ。今考えても恐ろしくとんでもないことを、博士はなし遂げたのだ。
博士は、私たちの世界にすぐに馴染んだ。信じられないほど早く、私たちの生活パターンを会得し
た。と、いうよりも博士の地上のペースが、私たちの世界に合っていたのだ。博士は、自分の生き方
を続けていただけなのだ。
博士が私たちの世界に来たころは、私たちが少しずつ変りだした時だった。博士の指示により地上
に降り、愛の言葉を繰り返し、私たちに変化が起こりだした時期だった。
私たちの世界は、自由である。そして、何もかもにも可能性のある肯定的な世界である。誰しも、
地上での垢や泥を洗い落とし、美しく変化していく。争いごともなく、私たちは仲良く暮らしている。
地上の人々が思っているような、暗くて悲観的な世界ではない。どちらかというと、こちらの水に
あってくると、地上より生き生きとしてきて活気づいていく。肉体という制限がないせいなのであろ
う、私たちは楽しく喜びのなかで自由に暮らしている。
私たちの世界は、地上での死を経験してたどり着く。地上に残してきた数々の思い出を抱き、捨て
きれない未練を引きずって着く。その時は、最悪の精神状態である。死という壁から放り出され、身
も心もずたずたに切り裂かれている。何かにすがり助けを求める、悲劇の主人公なのである。
それは、スコロドンペペリ博士と私が再会した、あの薄暗い空間でのことだ。誰しも地上の死を
越えると、その空間に流れるのだ。幾つかの雲が浮いている澄んだ夜空のような空間に…。
スコロドンペペリ博士は、その空間をいとも簡単に通り過ごしてしまった。かわいこちゃんを追
い求めてなのか、肌に会わなかったのか、何かが気に入らなかったのか、一瞬に越えてしまった。普
通じゃない博士のことだが、このことも普通じゃない。地上への未練が、露ほど残っていなかったの
か、身も心も健全そのものだったのか、私には分からないが、普通じゃないことだ。
誰しも、この空間でしばらくは過ごす。死という衝撃的な心の傷を、癒す時間が必要なのだ。この
空間は、その傷を癒す空間なのだ。それは、それぞれの時を過ごすのだか、なかには、地上の時間で
何年も何年もに及ぶ者だっている。博士のように、瞬時ですり抜けてきた者は私は知らない。聞いた
こともない。私など、永遠と思われる時を、その空間で過ごしたものだった。
この空間は、浄化の作用を促す空間なのだ。心に受けた死の深い傷を、少しずつ溶かし洗い流して
いくところなのだ。地上への未練、肉体への激しい情、戻れない世界へのどうしようもない思い、そ
れらのものを、夜空のように澄んだ空間で、乾いた爽やかな風を受けてその風に乗せていく。海のな
かのように暖かな空間の空気を、無くした肉体を思いながら胸一杯に吸い込み心を澄ましていく。金
色のフルートから零れる星のささやきを、心の奥にしみ込ませるのだ。
素晴らしい体験だ。その風は必ず吹く。その暖かさは必ず来る。星のささやきは必ず落ちてくる。
それが、この空間なのだ。地上と私たちの世界との境目の役割なのだ。神が与え下さった、素晴らし
く美しい浄化へのオアシスなのだ。
スコロドンペペリ博士は、この神のオアシスを瞬時に過ぎた。神を信じない博士の成せる技なの
だろう。とにかく博士は、私たちの街へ入った。
私たちの街は、美しい街だ。地上と同じように木々が街を彩り、季節の花が咲き乱れる。もちろん、
地上で身につけていた慣れ親しんだ肉体も持っている。仄かに透けている幻のような肉体を…。
私たちはその街で、各々の生活をしている。地上と同じように仕事をしているものもいれば、楽し
く遊んで過ごしているものもいる。それは、ほとんど地上の生活と違わない。食事もすれば昼寝もす
る。信じられないかもしれないが、風邪をひいたり、めいぼになったりする。博士のように痔になっ
たりするものもいる。多くの名医が、てぐすねひいて待っている。
すべて、地上の名残なのだ。浄化の空間で消えたはずの未練が、幻のような仄かに透けている肉体
を授かったことで燃え上がるせいなのだ。
しかし、そんな名残も未練も徐々に忘れていく。街での生活が充実していき、活気づいた毎日が繰
り返されるのだ。
話がだいぶんと逸れてしまった…。私たちの世界のことは、これぐらいにしておこう。
私が言いたかったのは、私たちの世界は地上の人々が思っているほど暗くないということだ。いや、
その反対に明るく輝いているのだ。とにかく、そう言うことを少しだけつけ加えておきたかっただけ
だ。失礼した…」

「話を戻そう…。
スコロドンペペリ博士が私たちの街に着いた頃は、私たちが少しずつ変わっていった頃だった。
私たちは、博士を中心にまとまっていた。それは、私たちの解放と博士は言った。そして、それに
より地上の人々も浄化の道を進むと言った。
私たちの解放は、私たちが気付かないうちに進んでいたようだった。少しずつ変化していった私た
ちの意識は、その私たちの解放へと向かっていたようだった。
博士の指示によるあのセリフで、私たちは愛を理解していった。愛という光が見えるようになって
きたのだ。それが、私たちの解放となったのだ。
愛の光は美しい輝きだった。それぞれが異なった形で、美しく輝いていた。私たちの仄かに澄んだ
身体から、星の光のようにしなやかに流れ出ていた。私たち本来の姿だった。私たちの肉体は、その
光を抱くためにあるのだ。いや、その光こそ私たちなのだ。幻のような身体は、その美しい光を照れ
くささに隠していたものなのだ。
博士がいたからこそ、私たちはその光が見えるようになったのだ。博士は、愛の光を私たちのなか
から、私たちの世界に導いてくれたのだ。恥ずかしがっていた私たちの美しい愛の光は、博士によっ
て控えめに舞台の上に昇らされたのだ。
あの愛の言葉によるものだ…。私たちが、語り続けたあの言葉が、私たちの意識を変えていったの
だ。私たちの解放へと向かわせたのだ。
それは、私たちが未来へと歩みだしたことなのだ。今まで、誰も踏みだしたことのない私たちの未
知の世界、つまり、私たちの解放。私たちの存在そのものについての探究へと進んでいくことになっ
たのだ。
私たちはなぜ、生を受けたのだ。私たちはなぜ、この世界に存在するのか…。愛の光に、そのこと
の糸口らしきものが霞んで見えてきたのだ。
博士には、それがはっきりと見えたようだった。私たちの進む未来…。未知の世界の…。いや、愛
の光が照らす輝ける私たちの姿が…。
素晴らしいことだった…。博士こそ、神ではないのか…」

「私の話も長くなってしまった。そろそろ、地球へ向かう宇宙船の準備に取りかからないと…。
博士は楽しみにしているのだ。地球へ向かうのを…。今頃、皆との別れの宴が盛り上がっているこ
とだろう。私も行かなければ…」

スコロドンペペリ博士の偉大なる功績(4)

旅立ちの前夜の宴である。仮装の宴である。スコロドンペペリ博士主催の宴である。
その宴は盛り上がっていた。スコロドンペペリ博士、二百八十回目の春だった。

「カレンちゃん。そこのあかーいワイン、おじさんについでくれなーい…」
「はーい、スコロドンペペリ博士…」
「ゆり子さんのドレス、素敵ですね…。どこで買ったの?」
「ペンペンのお店…」
「ハゲ! ハゲは、どこ行った!」
スコロドンペペリ博士は、ご満悦だった。酒、食べ物、そして可愛いメイドさんらを冥土から
伴っての遠征だった。ここは、病院のあの大冷蔵庫の前、博士がかちんこちんに眠っている驚異の設
備の前だ。
「ありがとう、カレンちゃん…。カレンちゃんの注いでくれたワイン、超さーいこう!」
「あら、わたくしのは、お口に召しませんこと…」
「いやいや、ゆり子さん…。そういう訳じゃ…。あらま、ゆり子さん。やきもちを妬いていらっしゃ
る。それはそれは、紳士であらざるべきことを、このわしは言ってしまったようじゃ…。許してたも
れ…」
「博士ったら…。知りません…」
とびっきりの機嫌のよさである。博士は、美女二人に囲まれてワインに赤く染まった目尻を、だら
しなく下げている。
旅立ちの宴だった。地球という、この星と同じ人間の住む惑星へ博士たちは旅立つ。博士は、その
旅を心待ちにしていたのだ。同じ人間である地球の人達と会うのが、何か故郷に帰るような心境に
なっているようだ。里帰りと回りの人に言いまくっていた。
「ハゲ! ハゲはどこじゃ! ん?」
「はーい、博士!」
ポポンは、今部屋に戻ってきたところだった。宴の異常な盛り上がりに、目を丸くして立ちすくん
でいた。
「何をしておるのじゃ…。こっちへ来い!」
博士は、ポポンにボトルを突き出した。
宴は、盛況をきわめていた。幽霊たちと人間たちが入り乱れ、その部屋は、ごった返していた。博
士が特別に注文した、フルートの演奏のしなやかなメロディーも、ざわつきに消されてしまっている。
人間と幽霊は友情を分かち合っていた。お互いに、握手をかわしあい肩を叩き合う。幽霊の身体は、
雲のようにふわふわとしている。人間たちは、たまにしか掴めない幽霊たちの手や肩に触れる。幻の
ようなものと握手をし、踊っているのだ。なかには、酔いに任してお尻を触っているものもある。し
かし、それは博士たちのまわりでは当たり前のことなのだ。何の違和感もない。博士たちの友情は、
幻さえ越えていたのだ。幻たちと人間たちは、それぞれに志向を凝らした衣装をひるがえし、好き勝
手に踊ったり飛び跳ねたりしていた。
スコロドンペペリ博士は、狼男の衣装を着飾っていた。小さいころ、狼男になるのが夢だったそ
うだ。あの満月に向かって叫ぶ力強さが、幼少の博士の脳裏にこびりついてしまったそうだ。叫びな
がら変身していく姿に、異常なほどの憧れを抱いたのだそうだ。
「ハゲ! お前も飲め」
狼男が、女装したポポンに詰め寄る。首をつかみ無理に喉へ流し込む。ポポンの気が遠くなりそう
なえげつない香水の香りを押し退け、ボトルの口をぐいぐいハゲの喉に差し込んでいく。
「それ、飲め飲め!」
博士の焦点がポポンにあった。
「何じゃ…。それは…」
ポポンは何と、赤ずきんちゃんの衣装を纏っていた。
博士の目が点になる。赤ずきんちゃんには長すぎる付け睫毛に、驚きの視線がこびりつく。恥ずか
しそうに、もじもじとポポンが真っ赤スカートをひらりと流す。短かったスカートのなかから、貧弱
な薄茶色のパンツがずっているのが見えた。
堪えきれなかったのは、ゆり子さんだった。ゆり子さんは博士の背に隠れ、一瞬にして涙目になっ
てしまった。ぷっ! と、ひとつおちょぼな口から漏れた。
それが合図になった。
「ウッハッハッハッ! ヒッヒッヒッヒ! ブッヒヒッヘツヘツ!」
博士のけたたましい爆笑が、宴席に響きわたる。ゆり子さんがそれに続く。そして、カレンちゃん。
時の流れに幽霊になったマーガレット婦長。同じくフランケン。笑いの主のヨメであるペンペン。そ
の親父にそのお袋。博士のひーひーひー……孫のパタタトマス少年…。爆笑は一気に宴全体を、包み
込んだ。
「ブッハッハ! ヒィヒィヒィ! ハッハハハ!」
「ガッヒッヒッ! ピィピィピー! ヒューヒュー!」
爆笑は、しばらくして歓声に変わっていった。ポポンは、その場の注目を一身に集めた。
「博士、どうしましょう…」
そんなこと、今まで生きてきたなかで一度もなかったポポンは、赤ずきんちゃんの赤い頭巾より赤
く全身を染め、震え上がっていた。
「スコロドンペペリ博士…」
目から火とともに涙が零れ、ポポンはその場で気絶してしまった。
「このやろー…。わしの真似をしおって…」
倒れ込んだポポンに、白雪姫の格好をしたマーガレット婦長が、真っ白なドレスで覗き込んだ。片
手には、真っ赤なリンゴを軽く握っていた。
「急性、アルコール中毒です…」
「あ、忘れてた。ハゲが飲めないのを…」
ポポンのめくれ上がったスカートのなかのずったパンツを見ながら、博士はそう言った。その薄茶
色いパンツには、かわいらしいイチゴのアップリケが引っ付いていた。

「静粛に! 皆さん静粛に!」
ざわつく会場に、スコロドンペペリ博士の浮ついた声が響いた。
「わたくし、この狼男は、ただ今憎っくき赤ずきんちゃんを退治したところです。赤ずきんちゃんは、
毒リンゴを持った白雪姫に看病されています!」
割れんばかりの歓声が、大冷蔵庫の扉を揺らす。
「狼男は不滅です!」
憧れの狼男になったスコロドンペペリ博士は、赤ら顔に満面の笑顔で椅子の上に立った。宴は最
高潮をむかえた。
「皆さん! 狼男は、満月の夜に変身いたします。奇しくも今宵はまんまるのお月さまが、夜空に浮
かんでおります。わたし、狼男は胸がうずうず疼き、心が張り裂けそうな興奮にあります!」
どうやら、博士の演説が始まったようだ。誰も聞いていなかったフルートの演奏が止んだ。
「明日旅立つ星、あの地球にもあのような月は出るのでありましょうか…。そして、こんな狼男もい
るのでしょうか!」
「きっといるよ…。でも、そんなに顔は赤くないと思うけど…」
スコロドンペペリ博士のひーひーひー……孫のパタタトマスが合いの手を入れる。再び、会場は
爆笑に包まれた。
「それを言うな…」
博士は、グラスを空けた。側でゆり子さんが、飲み過ぎよとたしなめている。
「まっ、それはいいとして…。地球という星は、この星の過去のように汚れているのじゃ…」
椅子に掛けた足を、テーブルへ延ばし昇ろうとしている。少しでも高いところに上がりたがる博士
の癖だった。博士の顔が真剣になる。
「博士の真剣な顔って、超す、て、き…」
カレンちゃんが、とうとうテーブルに乗ってしまった博士の足元で囁いた。
「そうか、そんなに素敵か…」
褒められると、必ず愛想を振りまく博士だ。どんな時でも、そのことは実行する。
「うーん、カレンちゃんだって、超、ス、テー、キ…」
会場は、歓声と混じりブーイングも起こる。どさくさに紛れアホ、バカ、ウンコたれ…。誰かが
言っている。博士はそんなこと気にしない。今は、カレンちゃんに投げキッスするのみだ。
「えー、狼男は…」
「それは、もう終わりました…」
ゆり子さんに、再びたしなめられる博士であった。
そのチャンスを逃すものかと、フルート隊が、再び静かなメロディを奏でだす。スコロドンペペ
リ博士の作曲による今夜の演説用の曲だ。博士から、きつーく言われていたことだった。自然に自然
に、始めるように…。博士の指示だった。
「えーと、そうそう、地球じゃった。地球、地球…」
スコロドンペペリ博士が再び真顔になる。どこかでカメラのフラッシュがたかれる。
「新聞社の者か?」
その光へ博士は言った。
今夜のパーティは、珍しいことに博士はマスコミに隠し通した。世間を騒がせたくなかった。かわ
いいひーひー……孫のためだった…。
「テレビも来ているのか…」
「今、向かっています!」
どういう訳か漏れたようだ。しかたない…。博士は、テレビの来るのを待つことにした。どうせ、
大演説をぶちかますつもりなのだ。ついでのことだ。世間に訴えてやる。博士は、決心した。
「それならば、しばらく時間をいただこう…」
博士は、テーブルを下り控室に下がってしまった。代わりに魔法使いのカレンちゃんが、テーブル
に上り、銀のスティクを持って言った。
「しばらく待ってね! ペペリちゃん、着替えにいったのよ! マハリク、マハリタ…」
フルート隊が、バツの悪そうな顔で、曲を中断した。
「仕方ないじゃろう…」
一つこぼして、スコロドンペペリ博士は会場から隠れた。やっぱり、テレビに映るなら狼男じゃ
チイット…。いつまでもおしゃれな博士だった。

スコロドンペペリ博士は、友人たちに言っておきたいことがあった。博士の思いのすべてを、掛
けがえのない友たちに打ち明けるつもりでいた。この地球への旅立ちの宴も、そのためのものだった。
しかし、テレビの連中にそれを邪魔をされた。博士は瞬時に考えた。その自らの思いを、友人たちへ
の限りない思いを、公共の電波に乗せるのも悪くない。そんな風に思いを切り替えた。
博士は控え室で、それを整理した。テレビが来たついでに一世一代の演説にする積もりだった。
スコロドンペペリ博士にとって、地球という惑星は特別な意味があった。宇宙科学者である博士
は、宇宙に挑み続けたひとりだった。しかし、いち早く宇宙への限界を感じた博士は、その研究を放
棄してしまった。放棄というより、その挑む方法を変えた。
それは、幽霊たちとの出会いによって進んでいった。幽霊たちとの友情によって、宇宙へ近づいて
いった。
幽霊たちは空間を移動する。思い一つで、瞬時に飛ぶ。博士はそのことに憧れ、自らも幽霊の仲間
入りしてしまった。
再び、研究を開始した。それは、物質で縛られている地上での研究とは異なる。雲泥の差の進歩
だった。しかし、不思議なことに幽霊たちは、宇宙への関心を持たなかった。誰一人として、宇宙へ
の夢を語らなかった。地上を離れ異空間との隔たりが、彼らから宇宙をも遙か遠いものとしていたの
だ。彼らにとっては、宇宙という存在も地上での出来事の一部にすぎなかったのだ。
スコロドンペペリ博士は否定した。幽霊たちの世界こそ大宇宙の側にある。宇宙は、物質を越え
たところに存在する。博士は宇宙を目指した。
スコロドンペペリ博士はその類稀な精神と勇気で、星の浄化を目指し幽霊たちと行動を共にした。
そして、そのかたわらでその研究をも続けた。星の平和を願い、自らの未来を開いていった。
博士は宇宙へ出た。仄かに光る身体一つで、星のあいだを飛び回った。信じられないほどの快感
だった。
青く輝く惑星は、そんな博士が発見した。同じ人間たちが暮らす星は、美しく博士の胸を打った。
世間に発表したが、信じるものなどいなかった。
その地球へ再び向かう。大勢の友とともに…。
博士は、その前にどうしても言っておきたいことがあったのだ。友に伝えたいことがあったのだ。
スコロドンペペリ博士は再び会場に戻った。真新しいタキシードに身を包んでいる。側に、回復
したポポンと白雪姫のマーガレット婦長を従えて…。
スコロドンペペリ博士は、テレビのライトと大きな歓声を浴び、再び元のテーブルに乗った。真
顔だった。誰しも近づけない雰囲気だった。
「お待たせした…。テレビは、着いたかな?」
眩しいライトに向かった。
「そう、地球じゃ…。わしは、地球へと向かうのじゃ…」
いつもの博士と違った。会場の友たちは、グラスを置き博士のテーブルを囲んだ。フルート隊が、
恐る恐る演奏を再会した。

「わしは、この星が好きじゃ…。そして、この星に暮らす人々が好きじゃ…」
拍手は求めていない。博士は、間を置かず続けた。
「わしは、この星と同じ人間が住む地球を見付けた。同じ人間じゃ。同じ形をした同じ精神の持ち主
たちだ。
それはもう、ずいぶんと昔のことになる。わしが、冷凍になってからしばらくしての頃じゃ。その
かちんこちんのわしは、その大きな冷蔵庫で眠っておる。何じゃか、不思議じゃ…」
博士はそれを指さした。みんなが、その扉を振り返る。
「わしは、あのなかに、百年以上眠っておる。いや、二百年ほど眠っておる。おー寒い寒い…」
小さな笑いが、博士に届く。
「わしは、友に恵まれた。へぼ婦長よ、礼を言う…。そのおかげで、わしはいい思いをした。あの世
とこの世を行き来した。どっちがあの世で、どっちがこの世か、今は分からなくなっておる。どうで
もいいことじゃが…」
博士の赤ら顔が少し緩んだ。真顔は、長く続けられないようだ。側で、礼を言われたマーガレット
婦長がポカリと口を開けている。博士が礼を言った。婦長には初めてのことのようだった。
「わしは、幽霊となって宇宙を飛び回った。宇宙は広い。信じられないほど広い。そして、美しかっ
た。何もかも透き通らせてしまうような美しさがあった。わしは、軽くなって宇宙を舞った。すばら
しきかな、大宇宙!」
博士の瞳が少年と同じ色に輝いている。それをゆり子さんが見上げ、うっとりとした視線を向けて
いた。
「そんななかで、地球を見つけた。青く輝く美しい島だった。わしらの星とは、比べられないほどの
大きな星じゃった。わしは惹かれた。その美しさに我を忘れそうになった。
しばらくその星の回りに漂った。なぜか、ほかの星とは違う風を感じていた。
その風は、アルカルに吹く風と同じじゃった。わしは嬉しくなった。その場からアルカルを探した
が、その時は見えなんだ。
別になんの意味もなかった。興味を持ったわけでもなかった。それへ足を踏み入れるのは、わしに
とって深い考えなどなかった。ただ、アルカルと同じ風に誘われた。そよそよと、わしはその星の雲
と流れた。
雲から降りた時じゃった。わしは激しいめまいに気絶してしまった。わしは、幽霊の時でもよく気
を失う。得意技は、今も健在じゃ…」
パラパラと拍手が起こった。それほど受けなかった。博士は気を入れ直した。
「その星は、狂気が渦巻いていた。わしには見えた。真っ黒い闇の大気が、白い雲を目に見えない程
度に黒く染めておった。驚いたことに見覚えのある色じゃった。そう、その昔のアルカルの雲の色
じゃった。
やはり…。わしはそう思った。この星は、なにかの争いに巻き込まれておった。黒い影が至る所に
見えた。狂気の影じゃ…。
わしはその星の地に立った。そして、さらに驚いた。その星には、わしらと同じ人間が住んでおっ
た。まったく同じじゃった…。寸分狂いもなかった。まさしく人間じゃった…。わしらと同じ、人間
じゃった…。
それで、この星に渦巻く狂気の理由が分かった。わしはしばらくその星を回った。
人間たちは争っておった。本来の存在の意味を忘れ、激しく争っておった。一昔前のアルカルと同
じように…。争いにあったアルカルのと全く同じように…。この星でも、人間どもは星を蝕んでおっ
たのじゃ。わしらの歴史と同じじゃ。悲しいことじゃった…。わしの涙は止まらなかった」
いい顔だった。スコロドンペペリ博士は、今、愛を伝えているのだ。人間としての本当の愛を、
この場にいる友に…。博士の顔は本当にいい顔だった。
「いたたまれなたった。堪えられんかった…」
フルートの音が、そんな博士の思いを会場の隅々にまで流す。カメラのフラッシュが瞬いた。博士
がちらっとそれを見た。如才なくVサインをしていた。
「その地球へ我々は向かおうとしている。友よ! もう一度、わしに力を貸してくれ。いや、わしの

力を友たちに使ってほしい!」
割れんばかりの拍手が起こった。スコロドンペペリ博士の両こぶしが高々と上がった。
博士は、もう一度幽霊たちのあの喜劇を演じようとしていたのだ。地球という、この星と同じ人間
が住む美しく青い星で。すばらしいではないか…。大いにすばらしいではないか…。割れんばかりの
拍手は、しばらく止むことを忘れてしまっていた。
タイミングが重要だ。スコロドンペペリ博士は、その拍手の中、ゆっくりとワインを干した。小
指をわざとピンと立て、少し斜めにテレビカメラに向かい続けた。そして、エヘン! 一つ咳払い。
いいタイミングだ。拍手が止んでいく。フルートの音がそれを引き継いでいく。
「わしは、友に力を貸した。友に力を貸したかった。そして、それと同時に力を貸してほしかった。
力を借りたかった」
感激が渦巻いた。スコロドンペペリ博士の熱い思いを、その場の全員が受け取った。地球という
星への思いを、いや、同じ人間たちへの思いを、それぞれの参加者は熱く感じた。止んだ拍手の中に、
その思いが激しく舞っていた。
「この星のためじゃった…。そして友たちのためじゃった…。
友よ、ありがとう! 本当にありがとう!」
スコロドンペペリ博士のつぶらな瞳から、ライトに照らされた一粒の水滴がこぼれた。それは、
金色に光を跳ね返し、その場の人々の心にまっすぐに届いた。
「友よ、ありがとう! 本当にありがとう! この星は見事蘇った!」

「この星は病んでいた。人々は病んでいた。愛を見失っていた。バカみたいに争い、ぶつかりあいを
繰り返していた。悲劇の歴史じゃ。指導者たちは、何もしなかった。指さえ加えることもなかった」
スコロドンペペリ博士の話に、その場の誰もが引き込まれていた。フルート隊の連中ですら、我
が仕事を忘れ博士を見入っていた。
「バカじゃ! バカばかりじゃ!」
小さな拍手が上がった。博士は、両目でウインクしてみせた。格好よく片目は閉じられなかった。
「幽霊の友たちは、よくやってくれた。わしの指示によく従ってくれた」
博士の涙目はそのままだった。昔を思い出しているのだろう、次に流れた涙をも、拭おうとはしな
かった。
「わしはハゲたちが、わしの病室にやって来た時のことをよく思い出す。毎晩、宴会をしたころが懐
かしい。楽しかったわい」
赤ずきんちゃんのポポンが、博士に手を振った。真っ赤な頭巾が突然激しく揺れた。ウルトラマン
のペンペンがそれを止めた。
「友たちは街に出た。彼らの解放のためと、星の人々の救済じゃ…。友たちは前向きに進んだ。
友たちには、それは辛かったことじゃろう。地上への未練と、失った肉体への思いが交差したに違
いない。すまなかった。もう一度礼を言う。ダンケ、メルシー、グラッチェ、グラシアス、スパ
スィーパ、サンキュー…」
ウルトラマンの面を取ったペンペンの目にも涙が溢れた。それを、始めて見るポポンが驚いていた。
「しかし、奴らはそれを乗り越えた。わしの友たちは、そんなに弱くなかった。そうじゃ、友は素晴
らしく強かった。素晴らしく輝いていった。美しい姿じゃった。わしは、その姿に激しい嫉妬を感じ
たわい。
そして、奴らは解放へと向かった。奴らの存在の意味を探りだしたのじゃ」
博士が大きく両手を広げた。たまらず、カレンちゃんがその胸に飛び込んだ。テーブルのワインが
一つこぼれた。
「そんな時じゃった。奴らに美しい光が灯りだした。美しい光が、わしに見えてきた」
マーガレット婦長が、カレンちゃんを引きずり下ろした。婦長もうずうずとしていた。そのまま、
博士の胸に飛び込みたかった。
「それは、力強く美しい炎じゃった。暗闇の海に灯る灯火のように、赤く燃えておった。
それ、その光じゃ!」
博士は、友を指さした。赤ずきんちゃんを指さした。再びポポンの赤いずきんが激しく揺れた。
「それ、その光じゃ!」
次にペンペンを指さした。ペンペンが、恥ずかしそうにひとつ飛んだ。シワッチィ!
「その光じゃ!」
次にフランケン。シンクロナイズドスイミングのフランケンの余りにもぶさいくで恐ろしい姿に、
博士の指の先が素早く三十度曲がった。その先は、なんとペンペンの親父さんのチャッキリ娘だった。
「その光じゃ!」
スコロドンペペリ博士は次々に友たちを指さしていった。その友たちは、それぞれ光がゆらゆら
と揺れている。その姿を包むようにゆらゆら揺れている。
「その光じゃ!」
友たちは、博士のそれにそれぞれ嬉しそうに応える。手を振る、指をならす、ウインクする、口笛
を吹く、尻を揺らす。なかには、ゴーゴーゴーゴー、レッツゴー博士! 黄色い声を上げる勘違いし
た友もいた。
「その光じゃ!」
その友たちに揺れる光は、仄かながら輝きを会場に流していた。宝石の輝きを、照れくさそうに流
していた。美しい光だった。微かに揺れるその光は、今夜のために特別注文した大きなシャンデリア
に負けることはない。
「それは、まさしく魂の色じゃ! 我々の身体の隅々にまで流れる、汚れのない魂の色じゃ!」
ウオー! 大歓声が上がった。会場は興奮と感動の絶頂にあった。
「わしは、あの時思った。その光を始めて見た見た時に思った」
歓声をスコロドンペペリ博士が制した。博士にしたら少し早い制止のタイミングだった。スコロ
ドンペペリ博士も興奮と感動の中にいた。
「友たちの心も燃えている…。熱く熱く燃えている。友たちの魂が叫んでいる。激しく激しく叫んで
いると…。
それは、驚きじゃった。信じられなかった。始めてみたその光は、あまりにも美しすぎた。眩しす
ぎた。
それが、わしらの本当の姿なのじゃ…。わしらの魂の光なのじゃ!
そう、わしは教えられた。感謝する、かけ替えのない友たちよ!」
博士は、もう一度拳を突き上げた。オーバーアクションの博士にしてみれば、少しおしとやかな
ポーズだった。涙がまた落ちていた。
「その光は、友たちの未来への思いで灯ったのじゃ…。友らの目覚めた愛が、仄かに瞬き始めたの
じゃ…。
愛は光じゃ…。そして、友たちの未来の思いは、その愛じゃった! 魂の色をした光は、友たちを
輝かせた。あまりにも美しい光じゃった!」
博士は、ここで少し言葉を開けた。会場は、水を打ったように静かになった。博士の言う友たちは、
全員が涙をこぼしていた。
「愛しています…。アイラブユー…。その言葉は、友たちの意識の裏に眠っていた愛を揺り起こした。
愛という魂の輝きを、激しく刺激したのじゃ! 何度も何度も繰り返し語った言葉に、友たちは自ら
の解放を手に入れていったのじゃ!」
声を出すものはいなくなっていた。会場の興奮が静かに感動の中に埋もれていった。
「人間との隔たりが、垣根ごしに狭くなっていった。そして、二つの異空間が近づいていった。
愛の力じゃ! 愛の力は、何をも貫くのじゃ!」
博士が、初めて流れる涙を拭った。博士の涙は堰を切ってしまっていた。ゆり子さんにもらったハ
ンカチで、博士はごしごしと目をこすった。しばらくその間が空いた。
「愛の光は友たちを解放し、星の人々の、同じ光をある方向へ導いていった。わしには見えた。はっ
きりと見えた。その光の未来が…。赤く仄かな美しい魂の光の、歩んでいく道が…」
感激屋のスコロドンペペリ博士が、自ら言葉にとてつもなく感激していた。良くあることなのだ
が、今は少し違っていた。博士の今の涙は、会場のすべてのものの心にしみ込む愛の涙だった。
「愛の言葉は、わしの若いころは照れくさいものじゃった。誰しも、背中がこそばいような気がした
ものじゃ。しかし、今、この星の上では、そんなこと思うものはいない。愛こそ、わしらの姿なの
じゃ…。愛の光こそ、わしらの魂そのものなのじゃ!」
また少し間があいた。フルート隊が演奏を再開した。静かに静かに再開した。
「その光の未来は、輝きのなかにある。わしらの光は、大きく果てしない輝きに向かっておる。瞬き
(まばたき)などしない。瞬き(またたき)もしない。一瞬とて輝きを消すことのない、熱く熱く燃
える太陽のような光へ帆を進めている。
それが、わしには見える。友たちの光のなかに見える。
光は、ひとつになっていく。愛で輝く光は、お互いを引き付け合い溶かし合っていく。愛が愛を抱
き、輝きを増していく。恋人たちが寄り添うように、母と子が喜びを分かち合うように、友たちが歌
うように、お互いを理解し結びついていく。そして、輝く。
その光は、果てしなく光る! 眩く美しく光る! 喜びに、嬉しさに、恍惚に、未来への思いに、
愛に、そして、自らに光るのじゃ!
太陽になる! 太陽に…。あの永遠の輝きに!」
スコロドンペペリ博士の涙が、静かに頬からテーブルに滑り落ちた。マーガレット婦長の目にも、
大粒の涙がこぼれている。ポポンの嗚咽が、フルートの音を乱れさす。フランケンが、声を出してむ
せている。ペンペンがポポンの親父さんの胸で泣いている。そして、会場に浮かぶその場の者たちの
魂の赤い光が大きく揺れ、少しずつ少しずつ寄り添っていく。
「ひとつになる! ひとつになるのじゃ! わしらの光は、愛の光は、ひとつの太陽になるの
じゃ!」
そこまでだった。スコロドンペペリ博士は、ほんの軽くひとつ微笑み。テーブルから下りた。
ゆり子さんが、そんな博士の胸に身を埋めていくのが美しく見えた。

パタタトマス少年の手紙。(5)

今日のパーティは、盛大だったよ。君たちの星へ向かう者たちの宴だったんだ。
じいちゃんの演説、聞かせてあげたかった。かっこよかったんだ。じいちゃんは、やっぱり果てし
なく素晴らしいじいちゃんだよ。
君たちの星も、ぼくたちの星のようにきれいになっていくよ。もっともっと住みやすくなっていく
よ。じいちゃんが言ってた。同じ人間だからって…。
ぼくたちは、愛の輝きを仄かに照らしている。ぼくたちの愛、ぼくたちの魂の光、ぼくたちの生き
ているすべて、ぼくたちの未来。ぼくたちは、輝いている。
きみたちも輝くんだ。ぼくたちのように…。信じることさ…。君たちの未来を信じることさ…。
ぼくたちのそんな光は、じいちゃんが照らしたんだ。じいちゃんの力さ。じいちゃんがいなかった
ら、ぼくたちの星は壊れてしまっていたかもしれない。病で立ち直れなくなっていたかもしれない。
恐ろしいことさ…。
ぼくたちの光は、星を浄化したんだ。黒い風は消え、透き通った風が吹くようになった。汚れた雨
は、水色の雨となって大地に染みていった。近づきすぎた空は、灰色の雲とともに遠くに去っていき、
青く鳥の目のように澄んでいった。そして人々は、エゴという真っ黒な絵の具を持ち替え、やさしさ
の筆に水晶の光を彩らせていったんだ。
素晴らしいだろう…。ぼくたちの光が、変えていったんだ。ぼくたちの光が、星を洗っていったん
だ。星を磨いていったんだ。汚しちゃったのも、ぼくたち人間たちだだけと…。

それはそうとして、ぼくは、もうすぐじいちゃんと同じかちんこちんになるんだ。大きな冷蔵庫の
なかで固まっちゃうんだ。じいちゃんのようになるんだ。そうしないと、君たちの星へは行けないか
らね…。じいちゃんたちの舟には、乗れないんだ。
じいちゃんは、今夜のパーティのあとで帰らぬ人となった。いや、帰らぬ肉体となった。かちんこ
ちんの身体を、もっともっと冷たくしてしまったんだ。そう、冷蔵庫のスイッチを切ってしまったん
だ。そして、土へと戻っていくんだ。
ぼくに、その席を譲ってくれたのさ。ぼくのために、ひとつしかない席を譲ってくれたのさ。ぼく
のほうが若いのに…。悪いよね、お年寄りには席を譲らないと…。悪いよね、ぼくって悪いよね…。
でも、このことはじいちゃんが強引だったんだよ。ぼくは何度も断ったんだよ、本当に…。でも、じ
いちゃんは折れなかったよ。君たちはじいちゃんに会ったら、席を譲ってやってね…。勝手なお願い
だけど。
あー、楽しみだよ…。君たちに会えるのが。
時間だ。ぼくは冷蔵庫へ行かないと…。
じゃあ、会ったら色々な話をしようね…。ぼくたちの星のお土産を持っていくから…。ソーラーア
イロンてどうかな。使い捨てじゃないよ…。
じゃあねー。会う時まで…。

ハゲ頭の幽霊の記録(5)

会場の者たちは、ひとつになった。博士の言ったように、愛の光でひとつに溶け合った。
スコロドンペペリ博士の演説に、私たちは果てしない興奮と感動を迎えた。何か、途轍もない激
しいものが私たちの光を包んでいった。仄かな光が、ひとりでに動きだしたのだ。
私たちの光が、その場の友たちの光を溶かしていった。魂の光が愛の光を抱きかかえていった。私
たちの本当の心が、その本当の心を包む光を寄せ付けていった。そして、光が結ばれていった。それ
ぞれの友たちが、一つに結びついていった。
そうなのだ。私たちは博士の言う真っ赤な太陽になった。博士の言ったようにひとつになった。愛
の光は、我々を結び合い溶かし合っていった。いだきあい見つめ合わせていった。
それは、無条件の理解だった。お互いの光を、無条件に受け入れていった。温かく揺れながら、光
を受け止めていった。
博士の涙に、私たちの光が動いたのだろう。博士の、あのすべてを溶かしてしまう微笑みに、私た
ちの光が寄り添ったのだろう。私はそう思っている。あの場の博士の思いは、私たちの想像以上に熱
かったのだろう…。きっと、宇宙に浮かぶ太陽よりも…。
博士は言った。その光は果てしなく光ると…。喜びに、嬉しさに、恍惚に、未来に、愛に光ると…。
その通りだった。私たちは喜びに光った。嬉しさに、恍惚に、未来に、愛に、光った。美しい瞬間
だった。驚くほど輝いた瞬間だった。さらに、博士は言った。自らに光ると。
私たちは、光った。輝いた。宴の場に、美しく眩しく揺らめいた。そしてその光は、自らの光を照
らした。自らの光に、自らの光を輝かせたのだ。
完全なる解放の瞬間だった。私たちから、光が解放される瞬間だった。
光は寄り添った。無条件の理解が、私たちから解放された私たちの光を駆けめぐった。光は結びつ
いていった。光は溶け合っていった。ひとつになっていった。
そして、私たちは太陽になった。スコロドンペペリ博士が言ったひとつの輝ける太陽になった。
今、私たちは、未来へ向かっている。私たちは太陽となって、光だけの世界へ向かっている。私た
ちの存在の理解への未来へ…。
宇宙へ旅立つ宇宙船は、私たちの方舟だ。地球へ向かうその舟は、私たちの未来の創造の光だ。果
てしなく輝く太陽の舟だ。
そろそろ、旅立ちだ。私は、どうしようもない感傷に浸っている。私たちの星に対して、どういう
訳か涙が止まらない。多分、感謝なのであろう。私には分からない。
スコロドンペペリ博士が呼んでいる。あの偉大なるスコロドンペペリ博士が…。

スコロドンペペリ博士の偉大なる功績(5)

「どうじゃ…。わしの言った通りじゃろう…。ウッワッハッハハ!」
スコロドンペペリ博士は、自らの考案した舟の上にあった。それは、博士の頭脳のように雲のよ
うな船だった。側にいる仲間たちに、スコロドンペペリ博士はこれ以上ない自慢げな表情で高笑い
だった。
「きれいじゃろう…。あれが地球じゃ!」
舟は、地球の大気圏を越えた。白い雲が、彼らの舟に手招きするように身をくねらせていた。
「よし! 飛び立て!」
スコロドンペペリ博士たちは飛んだ。澄んだ青い空に、博士たちの光は飛んだ。
「ヒイッヤー!」
「ヤッホー!」
「ヒュー!」
風は強かった。その強い風のなか、光たちは弧を描いた。眩しい日差しが、光たちに降り注ぐ。
「アルカルと、同じ風じゃ!」
スコロドンペペリ博士は舞った。真っ青な空に心地よく舞った。
「ヒエー!」
ポポンも舞った。ペンペンと手をつないで舞った。今日も、ポポンはイチゴのアップリケのパンツ
だった。
「いい風よ!」
マーガレット婦長も舞った。フランケンと肩を抱き合った。巨体同士、どちらがどちらか見分けが
付かなかった。
「ヤッホー!」
カレンちゃんも舞った。ピンクの羽の扇子で踊りながら舞った。ゆり子さんも舞った。おしとやか
に内股で舞った。
「ヒュー!」
パタタトマス少年も舞った。ゴーゴーゴーゴー、レッツゴー、パタタトマス! かわいらしいパタ
タトマスには、もうファンクラブが付いていた。それらの、揃いのハッピも舞った。
「ヒュー!」
そして、大勢の友が舞った。
「いい風じゃ!」
博士たちの光は、舞いながら下りていった。白い雲をかわし、風に乗り太陽の光に溶けて下りた。
灰色の雲ではなかった。黒い風ではなかった。汚れた雨など想像も付かない、どこまでも空は澄ん
でいた。
「この星は、蘇っておる!」
博士が叫んだ。それは、風に舞う友たちみんなに聞こえるほどの大きな叫びだった。
「この星は、蘇ったのじゃ! わしらの星、アルカルのように!」
スコロドンペペリ博士とそのの仲間たちは、その風の爽やかさにと空の青さに心踊らせ、彼らと
同じ人間、同胞の住む美しい青い惑星の地に立った。
「この星は、生まれ変わっておる! 素晴らしい!」
大勢の友が、青い星の大地に降り立った。そして、友たちは、そのままその地を踏みしめ踊った。
「これが、踊られずにいられるか! ハハハ! 歌わずにいられるか! 踊れ! 歌え! この世は
楽しいわい! いやいや、あの世もこの世も楽しいわい!」
友たちは踊った。歌った、飛んだ、跳ねた、走った、叫んだ、転んだ。
地球は、その過去の暗い風は消え去っていた。博士が見たという灰色の雲は、どこまでも青い風に
運ばれたのか跡形もなくなっていた。博士が見たという狂気の影は、まぶしい太陽の光に溶けて消え
ていったのだ。地球は、アルカルのように美しい姿を取り戻していたのだ。
スコロドンペペリ博士に、その大勢の友たちは、そんな地球で舞った。歌った。踊った。そして、
輝いた。
「この世は楽し! あの世もこの世も楽し!」

小さな公園に、子供たちが遊んでいる。少し離れて、その母親たちが微笑んでいる。
「見ろ…。平和そのものじゃ」
子供たちの背中から、仄かに赤い光が揺れている。アルカルの友たちの光と同じ光だ。
「光が見えるね…」
パタタトマスが言った。ブランコの土埃が、その子供たちの光と絡む。朝の光が、ほんのり赤い光
をやさしく照らしている。静かな朝だ。
スコロドンペペリ博士は、その朝の空気を吸った。胸にに思い切り流し込んだ。
博士の心配は、無用のことだった。同胞たちは力強く蘇っていた。
「わしの思い過ごしじゃった」
博士は嬉しそうだった。パタタトマスは、そんな博士を見てますます嬉しくなった。
「そうだね…。よかった…。本当によかったね、じいちゃん…」
風がブランコを過ぎ、博士たちを過ぎた。
「あそこに、ポストがある…」
真っ赤なポストが、その風の先にあった。老人と、そのひーひーひー………孫の少年が微笑んだ。
二人の笑顔は朝日に美しかった。
パタタトマスが、ポケットから手紙を取り出した。この星への旅立ちの前日、パタタトマスがこの
星の友に宛てた手紙だ。空の色をした封筒が、パタタトマスの手のひらに乗った。
「よかったね…、じいちゃん…」
その手紙は、パタタトマスの手から真っ赤なポストのなかへ静かに落ちていった。
青い風が、静かにポストを過ぎた。この星の空の色と同じ色をした風だった。

(終わり)

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